魔術師たちの画策

 城砦都市フラスクニスを治める魔術師ヴァルボッサ・ネルドールは永遠の命を求めていた。

 最初からそれを求めて探求をしていたわけではない。


 老いが彼にそうさせた。

 近づく死の恐怖が、永遠を求めさせた。


 その鍵はドラゴンの血だった。

 血には強い魔力があり、古い伝説では飲めば永遠の命が手にはいると言われていた。その説を唱えたのは、ヴァルボッサの先祖ネルドール家の魔術師だった。


 血の魔術の家系であるネルドール家は、何代にも渡り、このドラゴンの血を求めてきた。皆、死期が近づいた晩年で死に物狂いでそれを求めてきた。

 

 しかし、ドラゴンの血を手に入れるのは容易なことではない。

 ドラゴンは数々の伝説に謳われる最強の生物だ。

 空を駆け、街を潰し、強力なドラゴンブレスで破壊の限りを尽くす。

 

 人間では対抗できる道理がない。

 ネルドール家の歴代当主は誰一人として、ドラゴンの血を手に入れることはできなかった。


 だが、ヴァルボッサは幸運にもドラゴンを手に入れることに成功した。

 子供のドラゴンだ。しかも、おとなしい性格で扱いやすい。


 千載一遇のチャンス。ヴァルボッサはさっそくドラゴンの処刑し、その血を手に入れようとした。


 だが、そこで問題が起こった。

 ドラゴンを殺すことができなかったのだ。


 ドラゴンを殺すためには、特別な魔力を宿した武器が必要だった。

 竜殺しを成すためには、尋常の手段ではならないのだ。

 

「これが例のモノか」

「ええ。かつてドラゴンの身に深傷を負わせた、いにしえの大国の魔術師たちが作りだしたとされる聖遺物……竜殺しの大剣からつくられたつるぎですぞ」


 ヴァルボッサは貴族のツテの使い、古い魔術の道具に詳しいハモンド・ジェットを頼った。

 ハモンドとの1ヶ月の文通のすえ、彼はドラゴンを殺しうる武器を持参して、ヴァルボッサのもとまでやってきた。


「細いな、本当にこんな剣でドラゴンを殺せるのか?」

「これは竜殺しの大剣を溶かして、鍛え直したものですぞ。ドラゴンの血を浴びた鋼は、魔力の金属となり、こうして形をかえてなお、その太古のチカラを保っているのですぞ」

「ほう、素晴らしいじゃないか」

「ヴァルボッサ殿、約束は守っていただけるのですよね。私にもドラゴンの血を分けていただけると」

「もちろんだとも、ハモンド殿。約束は守ろう」

「信じていますよ、ヴァルボッサ殿」


 ハモンドは得意な顔で机のうえに結晶塊を置く。


「これは?」

「手土産ですぞ、ヴァルボッサ殿。いまは地面のしたに沈んだ大国、そこで名を馳せた結晶の魔術師は、封印の達人だったとききます。この結晶には、かつて偉大な魔術師が封じこめた最大の炎が宿ってます」

「最大の炎……おぉなんと美しい結晶なのだ。強大な魔力を感じる」

「ずっと昔、お話したでしょう? これがドラゴンブレスです」

「なんと……! これが幻の秘宝『竜の息吹ドラゴンブレス』だというのか!」


 世界には魔術師たち共通の目標のようなものがある。

 さまざまな魔術はあれど、最強の生物ドラゴンのチカラに比肩しうるものは存在しない。


 だから、魔術師たちは求めるのだ。

 神秘の技の末に、ドラゴンの力をコントロールすることを。


 幻の秘宝『竜の息吹ドラゴンブレス』はまさしくドラゴンの力のコントロールを成し遂げた偉業の成果物であり、伝説のレアアイテムなのである。


「結晶。最古の魔術師たちに数えられる者か……まさか本当に成し遂げていたのか、そして存在していたのか『竜の息吹ドラゴンブレス』は」

「どうやってドラゴンの吐く炎を採取したのか想像もつきませんぞ」

「私にくれるのか、ハモンド」

「ほんの心付けですとも。ドラゴンブレスはドラゴンを殺しうる数少ない手段のひとつでもあります。もし仮に竜殺しで仕留められずとも、このドラゴンブレスなら確実に息の根をとめることができましょう」

「くくく、素晴らしい贈り物だ。ありがとう、友よ。しかし、残念だな。ドラゴンを殺しうる武器を揃えたのに、ドラゴンがいないのではな」


 ハモンドはフラスクニスに到着した時に、すでにドラゴン脱走事件についてヴァルボッサから聞き及んでいた。当時の状況も。


「本当にフラスコの魔術師がさらったのか不明なところではありますな」

「フラスコの魔術が使われた形跡があった。フラスコが落ちていたのだ。間違いない、フラスコの魔術師の仕業だ」

「私も詳しくは知りませんが、かの魔術師のフラスコの魔術の性質は、封印と解放にあると言われております。私はたくさんのレアアイテムの収集家でもありますが、そのなかにフラスコの魔術をもちいて作りだされたとされるアイテムもいくつかあります。ただし、中身を取り出す方法はありません。封印と解放は、どちらもフラスコの魔術師にしか行えない神秘の技です。しかし、フラスコの中身を取りだす方法はあります」

「なんだと?」

「割ればいいのです。それで中身を解放することができます」


 ハモンドは『竜の息吹ドラゴンブレス』を指差す。


「”フラスコ”の源流は”結晶”にあると聞いたこともあります。ただし、結晶よりも独善的だとか。なにせ結晶に封印されたモノの解放は誰でも行えるように設計されているようですし」

「なにが言いたいのだ、ハモンド殿」

「氷の華はフラスコを割って、そのなかの力が解放された結果だと聞きます。フラスコの魔術師が盗んだのならば、わざわざフラスコのなかの力を解放するのに割ることはないのでは、と思いまして」

「むぅ、たしかに貴殿の言うとおりだ。フラスコの魔術師が生成した氷の魔力が封じられたフラスコを、誰かが使っただけだったのか? 言われてみればそんな気がしてきたな。思えばおかしな話だったのだ。何世紀も前に最後に姿を確認されただけの魔術師が、いきなり私のドラゴンを盗みにくるなど」

「まったく同意です。事件のことを聞いた時は、まさかと驚きましたよ。おおかたどこかでフラスコを手に入れた者が画策したとみていいでしょう」

「ドラゴンを手にいれてから、何日と経ってないなかでの犯行だ。街の外のものの仕業だとは考えにくい。やはり、この街のなかに反逆者も、ドラゴンもいるのやもしれぬな……」


 翌日、ヴァルボッサは街の掲示板にお触れ書きをだした。

 『ドラゴンを隠蔽した者、ならびにこれに加担した者、厳刑に処す』と。

 

 そしてひとりの騎士を捕縛した。

 その夜、ヴァルボッサはご機嫌になって、ハモンドといっしょに地下牢へ降りた。


「どうしたのですか」

「見せたいものがある、ハモンド殿」


 地下牢の奥、分厚い鉄格子の部屋があった。

 ほかの牢屋とは趣の違うそこには、女が監禁されていた。

 

 輝くの金色の髪に、こめかみから後方へ伸びた異形の角。

 鮮やかな蒼い瞳が牢屋のそとにやってきたふたりを捉える。


「彼女の名はルニラスタ。竜に呪われた血のものだ」

「これは……なんと禍々しい」


 ハモンドは冷や汗をかき、一歩後ずさる。

 竜に呪われ、竜の力を秘めたるルニラスタの眼差しは、視線をあわせるだけで、強大な怪物に睨まれたような威圧感を与える。


 彼女の目つきが常に悪いのは、決して彼女が相手を睨みつけて怖がらせてやろうという意味でやっているのではなく、天性の呪いなのである。


「この女はドラゴンと同じで、並大抵の鋼では傷すら負わん。腕っぷしもこの街のだれも敵わないほどに強い。邪悪な呪われ人ゆえだ」

「ドラゴンの呪い……初めてみたが、ここまで恐ろしいものだとは思いませんでしたぞ」

「この呪われた者は、当時ドラゴンの世話をしていた。殺す手段が見つかるまでの間、生かすための世話だ。その時に逃げたのだ、ドラゴンは。怪しいとは思っていたが、思えば街の外にジン・フラスクが逃げただの虚言を吐いていたのもこの女だった。この女がドラゴン脱走を画策したのなら、あの偽りごとで捜査を混乱させようとしてたのも納得できるというものだ」


 ルニラスタは膝をかかえ、視線を湿った床に落とす。


(街の外に逃げた情報は嘘ではない。あれで諦めてくれると思いましたが、ヴァルボッサ卿は執念深いですね。私はどんな形であれ、仕える主人を裏切ったのは事実。罪には罰が課せられる……私は悪人になってしまった)


 ルニラスタはこの1ヶ月間、揺れ動いていた。

 悪徳の貴族とわかっていても、家名を守るためにそこに仕えつづける不誠実な自分の生き方と、主人を裏切る悪い人間の自分、そのことを隠し、罪に対する罰を逃れつづけることに、絡まった負い目を感じていたのだ。


(私はどうすればよかったのか。主人の命令は絶対。しかし、主人のやっている悪行を見過ごすことが正義のおこないだとは思えなかった)


 道理を考えれば、考えるほど、入り口は見えなくなっていく。


「この者の死を皆が望んでいる。竜狩りの予行にはこの女でおこなう。くく、竜のチカラを断つことができるなら、きっとこの呪われ人だって殺せるはずだ」

「名案ですな、ヴァルボッサ殿」

「それに市井への見せしめにもこれ以上最適なものはいない。こういう時のためにわざわざ手元に置いておいたのだ」


 そう言って、ヴァルボッサはハモンドより譲り受けた魔剣『竜狩りの長剣ドラゴンキラー』を暗闇のなかで鈍く煌めかせた。



 ━━マトリの視点



 衝撃の事実をコーリングからネタバラシされてから数日。

 暗い森のキャンプ近郊にツリーハウスが建造されていた。


 ツリーハウスへ登るには階段をつかう。

 巨木の幹をぐるっとまわって設置された螺旋階段はなかなかにおしゃれで、丈夫なつくりをしており、ドラゴンがお腹を擦りつけながら登っても問題ない。


 ツリーハウス内にはイノシシの毛皮をなめして作ったベッドが並んでおり、睡眠の質はこれまでの比にはならないほど向上した。

 さらには窓も設置され、太陽の光すら取りこめる。自然光を取りいれた意識の高い家って感じがして、なかなか高級感を感じるつくりである。


「ガラスをつくるのは面倒だから、吹き抜けで我慢しなさい」


 コーリング現場監督のもと、俺とドラゴンは今日もせっせと働く。

 

「あんたは確か第二の人生のサポートだとか言ってなかったか。前まで俺には関わらないみたいな雰囲気出してたのに、この数日はけっこうがっつり一緒にいてくれるけど。いっぱい助けてくれるし」

「くあ〜! くあー! くあっ!(訳:ご主人、いいところに気がつきました。コーリングさんは実はこれまで遠目にストーカーしてたんですけど、いよいよ我慢できなくなって、一緒に暮らしはじめたくなっちゃったみたいです! ライバルの登場によって放置しておくのは危険と判断したのかもしれません!)」

「別に。ただツリーハウスやベッドを作って、片手間に生活環境をすこし整えてるだけだれど。これも新生活サポートの一環。この程度のことで感激されるなんて、あなたって簡単な人間だったのね」

「くあー!(訳:長い時を生きるドラゴンの叡智があるとはいえ、ツリーハウスやベッドを作ることは、片手間ではないと思います!)」

「そんな言い方するなよ、やっぱりコーリングって結構いじわるなやつだよな」

「くあー! く、くあー!?(訳:なんで真に受けちゃうんですか、ご主人! どこもいじわるじゃないですよ! もっとイチャイチャしてほしいです!)」

 

 実はいいやつなんじゃないかと思ったけど、勘違いだったか。

 ただの新生活サポートだったらしい。

 こんな高圧的な言い方しかできないなんて、コーリングは意地悪なやつだ。

 

「街にいってくる」


 昼過ぎ、暗い森をでる。

 新生活のために必要なあらゆるものを買い揃えるためだ。


 コーリングは意地悪なやつだが、マジで最強だ。

 いろいろ最強すぎるのだ。


 なんでも知ってるし、なんでもできる。

 どんなものでも、木と石や自然にある材料で作ってしまうのだ。


 家でも、椅子でも、机でも、ベッドでも。

 美味しいステーキでさえな。

 

 そう、彼女は料理もできるのである。

 調味料になる木の実や、ハーブの自生してる場所も知ってる。


 俺が焼いた時はくそまず獣くせえ肉だったイノシシも、彼女の手にかかれば、天にも昇りたくなるほどの美食に変貌を遂げた。


 とはいえ、限界はある。

 細かい加工が必要な道具は作れない。


 俺が今回求めているのは、コーリングが作り出せない、ちいさな道具だ。


「皿に、ナイフにフォーク、コップ、パンも追加だな」


 パンはみんな大好きだ。

 コーリングもドラゴンもあるだけ食べる。

 いや、マジである分だけ全部食べちゃうんだ。

 いくらあっても足りない。 


 ちなみに装いはすこしアップデートしている。

 というのも、件のトランクだが、あれは暗い森に置いてきた。

 

 重たいのだ。だが、フラスコを携帯しないわけにはいかない。

 暴力はいついかなる時も、あらゆる状況を解決できる手段だ。

 手放すことはない。


 フラスコはポーチにいれている。

 4本しか入らないが、別に戦争をするわけじゃないので、非常用の暴力だけあればとりあえずはいいだろうという考えからだ。


 内訳はこんな具合だ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【ポーチ】


・『火炎のドラゴンブレス(最大)』×1

・『コーディネートCoordinate』×2

・『霧のフラスコ』×1


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 なお『指揮者コンダクター』はちゃんと持っている。

 こいつがないと始まらない。


「街が騒がしいな」


 もろもろの買い物を終えて、パン屋のまえで焼きあがりを待っていると、市民が流れをつくって、街の中心、城のほうへと歩いて行くのが見えた。

 

「祭りでもあるのか」

「なんだい、あんた知らないのか。今日はついにあの角女が処刑されるんだ」

「……え?」


 耳を疑った。

 角女って……オーフラビアのことじゃないか?


「なんでだよ」

「詳しいことは知らないが、城主さまが街に紛れこんだドラゴンを捕まえていたのに、それを解き放ったんだとか。前々から災いを呼ぶとは言われてたが、やっぱりだ。あの女は俺たちのことを、この街を恨んでいるんだ」


 俺はパンの焼きあがりを待たずに、城のほうへ駆けた。

 心臓がドンドン胸を叩き、血の巡りが加速し、体が熱くなって行く気がした。


 坂を登りきり、城門前の広場にたどり着くと、街中の人間が集まってるんじゃないかと思うほどの人集りができていた。


 円形の広場の中央、木で組まれた処刑台のうえ、彼女はいた。

 オーフラビアだ。ルニラスタ・オーフラビア。ドラゴンを逃してくれた騎士。


「通してくれ、邪魔だ」


 人混みを掻き分け、すこしでも近くへいく。


 オーフラビアの処刑台のまわりには兵士たちがズラッと並んでいる。

 この処刑は城主によるもので間違いなさそうだ。


 豪奢な服に身をつつんだ老人が、処刑台に登ってきた。

 老人のほうは見るからに不健康そうで、骨に皮が張り付いているような見た目をしていた。


 老人のあとから屈強な男がつづく。

 見たところ騎士っぽい感じの姿だ。 


 目を惹いたのは彼が抜き身でもっている剣だ。

 立派な装飾のある剣だが、そこに目を惹かれたのではない。


 なんだろう、奇妙なチカラを感じる。

 あの剣はいったい……?


「私はヴァルボッサ・ネルドール。我が領民のまえに姿をあらわすのは久しぶりのことだ。我々は敵を見つけださなければならない。私たちフラスクニスの平和を脅かす敵を」


 ざわめきが大きくなる。


 あいつがヴァルボッサか

 支持率の低い統治者。城主、血飲みの老醜。


「1ヶ月前、ドラゴンを捕らえた。この街にはいりこみ、悪さをしようとしていた凶暴極まりないドラゴンだ。そのままにしていれば最後、フラスクニスは滅んだかもしれない。それを私の勇敢な兵士諸君が未然に防いでくれた。しかし、この呪われた者は破滅的で邪悪な思想で、ドラゴンを解き放った。あの事件を目撃したものは多いだろう。これが事件の真実だ」


 嘘だ。オーフラビアは彼がドラゴンを連れてきたといってた。

 なにより彼女はそんな悪い人間には思えない。

 ドラゴンもだ。あいつはすぐ人間を信頼しちゃうアホだ。

 すぐおでこを擦り付けてきて、懐いてくる。凶暴とは程遠い。


「ジン・フラスクが復活したって聞いたぞー!」

「ジン・フラスクの怒りをかったんだ!」

「フラスコの魔術師に街をかえせ!」


 市井から声があがる。ざわざわと折り重なる声のなか、ジン・フラスクの名前をだすものは少なくない。


「ジン・フラスク様はいまもフラスクニスを見守っていてくださる! この街はお前のものじゃない!」

「重税ばかりかしやがって! ドラゴンが入ってくるなんてどんな警備をしているんだ!」

「くだらぬデマに踊らされおって、ジン・フラスクなど遥か昔の魔術師だ。ずっと昔に死んでいる。誰も姿を見たことがないのは、死んでいるからだ。なによりもネルドールはジン・フラスクからこの街を引き継いたのだ。正当な後継者としてだ」


 処刑台まわりは市民の怒りの声で溢れかえっていた。

 やっぱりあんまり好かれてないんだな、この城主。


「すべての不幸はこの呪われた女にある。この女が呪いを持ちこんだ。そして今回はついにドラゴンを解放し、街を恐怖に陥れようとした。何者かが協力しているはずだ。この街のどこかにドラゴンがいるはずだ。隠している者がいるはずだ。ドラゴンの隠蔽、ならびに共謀は重い罪となる。栄誉あるフラスクニスの皆よ、混乱を招こうとする裏切り者を見つけるのだ」


 市民全体の空気感はヴァルボッサへの恨み言から少し変化していく。


「あの角女の協力者が街にいるってのか?」

「ドラゴンを隠してなにをするつもりなんだ?」


 懐疑と疑念。共通の敵を得た広場はすこしずつ「角女の仲間はどこだ?」という探偵モードに変わって行く。


 これが為政者か。

 矛先をオーフラビアに向けた。


 自然なヘイト管理。

 自分に向く怒りの発散場を用意した。


 元からみんなに邪険にされていたオーフラビアを使えば、スムーズにヘイトを稼ぐことができるというわけか。


 彼女を殺して、市民からの好感度も得る。

 加えて街全体をドラゴン捜索フェイズに移行させることもできる。


 まあ、肝心のドラゴンはとっくに街にいないんだけど。


「これより呪い子の首を落とす。この女がすべての元凶だ。共犯者は震えて待つがいい。私は、ヴァルボッサ・ネルドールはフラスクニスの平和を脅かすものに容赦はしない!」


 処刑台の屈強な男が剣を天にかかげた。

 不思議なチカラを感じる剣を。


「処刑は騎士隊長モルガン・レベルーがとりおこなう」


 ヴァルボッサはうなづくと、屈強な男━━━━モルガンはうなづき、オーフラビアの横にたち、両手で剣を彼女の首筋に当てた。

 広間の皆が、やいやいと声を高らかにする。


「殺せ!」

「呪いを始末しろ!」

「忌まわしい雌豚め!」

「死に晒せ!」


 ゆっくりと剣が振りあげられた。

 俺は深呼吸をし、ステッキで地面をついた。


 爆炎が煌き、処刑台が砕ける。

 炸裂音が轟き、大地を揺らした。


 モルガンは炎に飲まれて土のうえを転がりまわる。

 熱波は周囲に撒き散らされ、混乱を乗せて、土を焦がす。


 ざわめく市民たちは悲鳴をあげて、広場から逃げはじめた。 

 俺は人混みの流れに逆行し、処刑台へ歩いて近づく。


 兵士も誰も彼も、俺が犯人だと気がついたのだろう。

 視線を向けて、静止を呼びかけてくる。


「馬鹿げたことを。とんだ茶番だ」

「貴様、いったい……!」


 ヴァルボッサは地面に転がりながら、震えた眼差しをむけてくる。

 縛られたまま土のうえに横になってるオーフラビアも同様だ。

 よかった、無事か。


「そいつはバカなやつだ。愚鈍で、不器用で、前向きで、ちゃんとやってればいつか報われると信じてた」 

 

 ルールも法も弱い世界で、そんな生き方苦しいだけなのに。

 俺は不真面目だが、真面目にやってるやつが報われない世の中なんて認めたくない。そんなの世の中が間違ってるに決まってる。


「ヴァルボッサ・ネルドール、その真面目バカを解放しろ」


 俺はステッキで老醜をさして言った。

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