指揮者

 火は手に入れた。


「あとは魚を獲る実績があれば……捕って、焼いて、食っての生存スキームが出来上がるか」


 黒いコートを畳んでトランクのうえにおき、パンツのまくって足元濡れないようにしつつ、川に入る。冷たい。めちゃくちゃ寒い。。


 魔法のコートのおかげで感覚が鈍っていたが、外気温が結構低い。


「我慢だ、飯を食えなきゃ死ぬんだ」

「くあ〜」


 川のなかでじっと待って、泳いできた魚を手で掴もうとする。

 1時間が経過した。俺は静かに川からあがって腰を落とす。


「無理だ」


 魚はわりといるのだが、手で掴むのは不可能だと理解した。

 フラスコを近づけて吸い込む作戦を思いついた時は、我ながら天才だと思ったが、どうやらフラスコは生物を吸いこむことができないらしいと新しい発見をするだけに終わった。ドラゴンでも試したのでこの推測はあってる可能性が高い。


「作戦変更だな」


 俺は河辺の石を積んでいき、川の流れを一部せきとめる。


「くあ〜?」

「ビーバーはダムを作って川の流れをせきとめるんだ。貯水池をつくって天敵が入ってこれないように自分たちの住処を作るためだ。俺はビーバーになる道を選んだ。手伝ってくれ、ドラゴン」

「くあー!」


 ビーバーのダム作りは大小さまざまな石や枝葉を組み合わせ、巧妙に組み合わせることでなせる。適当ではだめだ。


「ドラゴン、あの木を倒してくれ」

「くあ!」


 ドラゴンパワーは木を倒すのに役立った。

 鋭い爪や牙で削って、体当たりしてへし折る。

 まだ小柄なのに、すでに人間を凌駕したパワーを持っていた。


「くあ〜!」

「よーしよしよし、ありがとうな」


 手伝ってくれたらちゃんと撫でてあげてお礼をいう。

 お礼は大事だ。何かしてもらったら言わないといけない。


 ダム建設は朝からはじまり、終わる頃には日が暮れていた。

 

「なかなか立派なものができたな」

「くあ〜♪」


 俺は貯水池にはいって、泳いでいる魚に、慎重に近づき━━ここだ! 勢いよく水面に手をつっこんだヌメっとする魚体を掴みあげた。

 川の流れがほとんどない貯水池ならばこそ、手づかみの捕獲難易度がグッとさがる。


「くっ、暴れるんじゃあない! やった! 捕まえた!」

「くあ! くあ〜! くああっ!」

 

 あらかじめ分離しておいた、ちいさな池に移す。


 フラスコを解放し、川辺を焼き尽くす。

 川辺に並べておいた木々のいずれかに燃え移っているので、良さげな火種をひとつ選んで、種火を起点にちいさな木の枝を組んでいく。

 サバイバル術はないが、BBQやキャンプの経験なら学生のうちに何度がしたことがある。


「ちいさい枝から先に組んで、空気の通り道を確保して……っと」


 焚き火は思ったよりうまく燃えあがってくれた。

 魚の内臓を雰囲気で掻きだして、串焼きにする。

 塩もなにもないが、これで食べ物としての体裁は整ったはずだ。


「くあ〜」

「ふふふ、楽しみだな。1日かけて頑張ったもんな」

「くあ〜、くあ〜」


 焚き火のそばで気持ちよさそうに丸くなったドラゴンを撫でつつ、星空を見上げて考えごとをしてると、名前も知らない魚が焼きあがった。


「いただきます」


 ぱくっ。あんま美味しくない。

 あんまり食用に向かない魚だったらしい。

 あるいは内臓が残っていたのか? 


「ヤマメの塩焼きって美味しかった記憶があったんだが……」


 楽しみにしていた食があんま美味しくなかった。

 わりと絶望を感じた。


 でも、食わなきゃ死んでしまう。

 俺は涙を呑みながら、我慢して魚を胃に収めた。

 

「はぁ、はぁ、お前は美味しそうに食べるな……」

「くあ〜♡」


 ドラゴンは焼き魚をやたら美味そうにパクパクしてる。

 むしゃむしゃして、耳がロケットみたいに後ろを向いてる。

 ご機嫌そうなので残りの焼き魚は全部あげることにした。

 美味しく食べてもらえるほうが、魚たちにとっても弔いになるだろう。

 

 翌朝。

 俺とドラゴンは例の大木のうえで眠った。

 考えた末に川の近くで眠るのはあんまり得策じゃないと結論ずけたからだ。

 

 理由1 人間がくる可能性が高い

 理由2 他の生物がくる可能性が高い

 理由3 川の音がうるさくて眠れない

 

 理由1はドラゴンが見つかるリスクを考えると、わりと無視できない。


 理由2はあの川はデカいってほどデカくはないが、かといって小川というわけでもない。おそらく様々な野生生物たちがあの川で飯食って、水飲んでるはずだ。いくらドラゴンが強力だとはいえ、無防備に寝ているところを、クマとかオオカミとかにチラチラ見られながら過ごしたくはない。


 理由3は説明するまでもない。


「今日も朝飯食べにいくか」

「くあ〜!」


 ドラゴンとふたりで住居の大木から、30分ほどかけて川にいく。

 そこで喉を潤し、魚を捕獲し、焚き火を起こして焼く。


「この魚もハズレか」


 美味しい魚を検証しつつの朝飯をおえ、どいつが不味くて、どいつがまだ食べられるかを頭のメモ帳に刻みつつ、川で身体を洗う。

 衛生は重要だ。不潔にして病気になったら詰みだからな。


 凍えながらの水浴びを終え、焚き火の近くで全裸で温まる。

 変態的な絵面だが、別に誰に見られるわけでもない。

 ところで野外で局部をさらけだすのってこんなに心地のよいものなんだな。はじめて知ったよ。


「くあ〜、くあぁ━━━━」

「くしゃみする時はちゃんと申請するんだぞ」

「くあ! くしゅんっ!」


 ドラゴンは大変賢いので、教えればドラゴンブレスを俺が採集したいのだとすぐ理解してくれた。


 フラスコは俺が手に持っている時しか効果を発揮しないようなので、ドラゴンにはムズムズしてきた時は、すぐに俺に教えるようにと伝えておいた。


 もっとも俺がフラスコを取りだして、ドラゴンの口元にもっていくのが間に合わない時もあるのだが。だいたい4回に1回くらいはドラゴンブレスを採集できる。成功率としては悪くない数字だと思う。


 トランクを開いて、赤い火炎を封入したフラスコをしまう。

 トランクのなかのフラスコが色付いてきた。

 コレクションが揃っていくみたいで楽しい。


 フラスコは最初20本あった。街で凍結のドラゴンブレスを放った時に1本割れて、河辺での検証でもう1本割れた。

 

 残っているのは18本、現在のトランク内は以下の具合だ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【トランク】


・火炎のドラゴンブレス×3

・水のフラスコ×1

・空のフラスコ×14


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 このトランクは特殊な形状をしている。

 おかしな話だがフラスコ専用のトランクだ。

 質の良いビロード生地にはフラスコ形状のくぼみがあり、そこにピッタリとフラスコが嵌まるようになっている。


 フラスコを出し入れするたびに「これなんだ」となる。

 魔法のフラスコは便利だし、なにかすごいことができそうだし、実際にできるのだが、なんというか「これなんだ」感は拭えない。


 天使に質問できるならぜひしたいところだ。

 あるいはあの銀髪の少女にでも聞けばわかるのだろうか。


「ん?」


 指でビロード生地の触感を楽しんでいると、違和感に気づいた。

 これ下がある。地味に取っ手がついているのだ。わかりずらいが。


 取っ手を持ちあげるとフラスコの乗っている1枚目の台があがった。

 フラスコ台のしたには奇妙なものがあった。

 

 ステッキだ。黒いシックなステッキだ。

 竜頭を模したエンブレムが握り手についている。

 

 同型のステッキが4本、これまた小綺麗に並んでる。

 ひとつを手に取ってみる。


 特に変わったところはない。

 しいて言うならわりと俺好みのデザインだということくらい。

 

 トランクに入っているということは、フラスコと同じように、何らかの不思議な力を宿したアイテムである可能性を感じる。


「くあ?」

「なにか起こらないかなぁ」


 振り回してみたり、地面をついてみたり。

 木を軽く叩いてみたり、水に突っ込んでみたり。

 いろいろ試したが特に現象は見られなかった。

 

「本当にただのステッキ? いや、そんなはずがない」


 俺の直感が言っていた。

 このステッキにはなにかあるはずだ。

 

 トランクに入ってたフラスコが魔法の道具だったし、20個もスペアを用意して小綺麗にならんでいた。ステッキもほとんど同じテンション感で収納されていた。このトランクに荷物を詰めた者の気持ちを考えれば、マジでただのステッキを4本もわざわざスペースを確保して入れるとは思えない。


 もしそんなことしてたら、そっちの方が意味不明だ。


 俺は執念深く「なにか起きろ」と言いながら、検証を続けた。

 幸か不幸か、社会のなかで生きてないので、時間だけは無限にある。

 起きるまで諦めない。決死の覚悟で粘っていたら、それは起こった。

 

 昼下がりの河辺、平らな石のうえに『火炎のドラゴンブレス』フラスコを置いてステッキでそれを指し示した時だ。

 

 俺はステッキを通して手応えを感じた。

 例えば磁石のS極にS極を近づけた時みたいな、目にはみえないたしかな手応え、なにかが干渉したという実感である。


 俺の感じた手応えは、物理的・精神的、2つの面で訪れた。

 頭になにかが繋がった気がした。


 埃被った古い機械が再起動をかけられたみたいに。

 もう死んだと思ってた電球が通電して、光を取り戻したみたいな感覚だ。


 遠隔からフラスコに干渉できる。

 そう確信した。ステッキをしっかり握り、感覚に頼って赤く揺らめく火炎の封入されたフラスコのコルク栓を開ける。

 

 手で触っていないのにコルク栓はひとりでにポンっと抜けた。

 でも、火炎は溢れてこない。俺が抑えているからだ。

 もちろん物理的にフラスコには触ってない。


 俺は玉の汗をかきながら、コルク栓を閉める。

 

「ふぅ、怖かった……」


 爆発したらどうしようとか内心ヒヤヒヤしたがうまくいった。


「くあ〜♪」

「一緒によろこんでくれるのか。ありがとうな、ドラゴン」


 その後も俺はステッキとフラスコの関係性に注目しながら検証を深めた。


 結果、ステッキの正体がわかった。

 これはコントローラーだ。

 フラスコを、あるいはフラスコの中身を操ることができる。


「ドラゴン見ててくれ、俺の練習の成果を」

「くあ〜♪」


 『空のフラスコ』と『火炎のドラゴンブレス』を並べる。

 俺は5m離れた距離でステッキを片手にもち、空いてるほうの手を前へかざす。

 手をひょいっと動かす。赤い炎が揺らめいているフラスコの赤い輝きが弱まり、その分だけ空のフラスコのなかに赤い輝きが移動した。

 やがて赤い炎の揺らめきは、空だったフラスコに完全に移動しきった。


「くあ〜♪」


 これが出来ること、その1だ。

 フラスコ間の内容物の移動。

 

「そして、こう!」


 俺は川に飛びこむ。

 川の一点にぐいーんっと渦潮ができる。

 先ほど炎が失われた空のフラスコが徐々に澄んだ水で満たされていく。


「くあー!」


 これが出来ること、その2だ。

 外界からフラスコ内への封入。

 なお、これはステッキの近くのモノにしか行えない。


「そして、これ」


 俺は『火炎のドラゴンブレス』を右手に持ち、遠くを見つめ、集中して狙いをつけて━━━━左手のステッキで地面をトンッと突いた。


 地面がバヂンッと発火し、火花が散った。

 その直後、河原の地面が、赤熱の猛炎にのまれ勢いよくはぜた。


「く、くあぁ〜!!」

 

 これが出来ること、その3だ。

 フラスコ内から外界への解放。


 1.フラスコ間の内容物の移動

 2.外界からフラスコ内への封入

 3.フラスコ内から外界への解放

 

 以上の3つの能力とフラスコとステッキの関係性より、俺はこのステッキをこう呼ぶことにした━━━━『指揮者コンダクター』と。

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