第二十七話 隠している自分
「なあなあ、この前SNSで見たんだけどさ」
目の前で座っている和也が言った。少し前のめりになってアジフライに齧りつき、プレートのキャベツの千切りに衣がぽろぽろ落ちる。
「SNS?」
僕は、SNSをあまり見ないようにしている。アカウントは持っているのだが、何も呟いていない。優の小説のアカウントをフォローしたり、読書の呟きにいいねをするくらいだ。脈絡もなく切り取られた情報や個人の主義主張が受動的に流れてくるシステムに慣れず、頭がくらくらするような感覚に襲われることがよくある。まるで、食べたかったスナック菓子を必要以上に口に詰め込まれているような、そんな気分になるのだ。
「そこでさ、男性が仕事、女性が家事をしてるドラマの映像が批判喰らってたんだよ」
「なんで?」
「なんか、男性が家事、女性が仕事をすることだってあるだろ、ってことで、色々言われてるみたい」
「……」
この手の話が、僕は好きではなかった。
「別に良くないか? って思わない? 男性が仕事、女性が家事してる家族設定の世界ってことじゃん?」
「まあ、そうだね」
「その世界では男性は仕事をしよう、女性が家事をしようってお互い決めてるだけじゃん。皆がいろんな形を認めていこうよ、っていうのとさ、今まであった形に対して古い価値観だとか言うのはおかしくない? いろんな形の中には男性が仕事、女性が家事も入ってるじゃん。そうしたい人だっているじゃん」
「……ごめん」
胃がキリキリと痛む。食事中に、そんな話をしないでほしかった。
「この話、やめない?」
僕はお椀を持ったまま、俯いてそう言った。
和也の饒舌な口が、少しだけ眉を顰めた表情が、ピタッと止まる。和也の言っていることはごもっともな正論なのかもしれない。だけど、僕にとって遠い世界の不条理について話さないでほしかった。僕には僕の不条理があって、誰かには誰かの不条理がある。僕は誰かの不条理に突っ込んで、主義主張を残して帰っていくようなことはしたくなかった。自分には自分の生活がある。それだけで僕は手一杯なのだ。
負の感情が連鎖して、お互いの考えが見え隠れするSNSが、僕は怖い。
「……あ、まあ、食事中にする話じゃなかったな、ごめんごめん」
「こっちこそ、話遮ってごめん」
僕も謝った。人の話を途切れさせるのは、僕にとっても気持ちのいいことではなかった。
ふと、僕は思う。僕は、目の前にいるこの茂則和也という人間と、ちゃんとした関係を築けているのだろうか。僕の奥底にある部分を知られてしまったら、フランクで優しい和也はどう思うのだろうか。隠している自分と、演じている自分は違う。それは分かっている。でも、もしかしたら、ちょっとしたことで簡単に崩れてしまうような関係になっているのではないか、と。
この不安定な気持ちは、人間関係を築く中で当たり前のものなのか、僕は知りたくてしょうがない。
昼食を食べながら沈黙の中熟考に浸っていると、スマホのバイブレーションが鳴った。僕のスマホみたいだった。
「ん?」
僕はスマホを取り、ラインを開く。
『すご。めちゃくちゃおいしそうじゃん』
優からのラインだった。写真も一緒に載っている。朝一に僕が作った、大皿にどんと盛られたチキンサラダがそこにはあった。隣にはポン酢も置かれている。サッパリとしたチキンにレタスにミニトマト。簡素な料理だけど、喜んでくれて嬉しかった。僕はふふっと笑った。
『ポン酢をかけて召し上がれ~』
と送ると、和也が誰からのラインか訊いてきた。
「あ、ええっと……」
まずい。油断していた。正直に同居人だと言い張ろうか。でも、説明が長くなる。
僕が純粋な顔をした和也に焦っていると、とあることを言った。
「あ、もしかしてお前、彼女できたとか?」
「いやそれは違う!」
にやにやと弄ってくる和也を、僕は何とか真っ向から否定する。
「親?」
「ええっと……」
「バイトの先輩?」
「ううん……」
嘘のつけない性格が災いして、僕は言い淀んでしまう。言い訳のバリエーションも和也によって削られていく。すると、また別の人からラインが来た。梓だった。
「あ、ちょっと待って」
僕は梓のトーク画面を開く。
『土曜日の午前十時、
「ええっ⁉」
友樹とは、梓と仲が良かった中学生時代のクラスメイトだ。簡素な文章に、僕は驚きの声を上げる。予想だにしていない言葉だった。土曜日の午前には予定はないから、カラオケに行く時間はあるにはある。でも、何故こんなに脈絡なくこの時間に送ってくるのだろう。
「え、なになに?」
和也が訊いてくる。
「あ、ええと」
どう説明すればいいのだろう。単純に中学のクラスメイトと言えば良かったものの、僕はこう言った。
「ちょっと、この話やめない?」
すると、和也はぷぷっと笑った。
「二回目? 全然テンション違うじゃん!」
そうか、さっきも同じことを言っていたなと、僕もおかしくなる。そうだ。こうやってどうでもいいことで笑い合って、時には試験だったりでお互いに頑張ったりして。そういうので、きっといい。きっと、それでいいのかもしれない。
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