第一章 自覚

第九話 二人の関係は

 取り調べ室で警察から質問をされる。想像ではそんなことを思うことはあるけれど、いざそれが現実となってみると、自分自身が夢の中にいるような、そんな感覚に支配された。

 膝に置かれる手の感覚も、パイプ椅子のクッションの感覚も、机に置かれた照明から放たれる乱暴な光も、全てが遠いものに感じる。

 あの後、優は緊急搬送され、すぐに死亡が確認された。僕は容疑者として扱われ、真犯人である黒いパーカーを着たあの男は、発見者として事情聴取を受けた。

「光基さん、あなたが、優を殺したのですか?」

 若い体育教師のような、エネルギーを感じさせる男性が訊く。圧迫感に動じず、僕は冷静に答える。

「僕は優を殺していません。殺したのは、あの通報をした人間です。証拠なら、ナイフの指紋や、近くにあった監視カメラなど、様々なところにあるはずです」

 そこにはミステリー小説に描かれているような、巧妙なトリックなど存在していない。すぐに状況は逆転し、僕は解放されるだろう。ならば、感情的になる必要も、しどろもどろになって怯える必要もない。淡々と、事実を伝えればいい。

 男性は僕の無機質な返答に一瞬困惑の表情を浮かべたが、その後更にこう言った。

「しかし、その男から、気になる発言があったのですが」

 そう来ると思っていた。これが無ければ、優は殺されることなどなかったのだから。

「あの男は、光基さんには流血に欲情するという、異常な性欲があると仰っていました。小説家である優さんは痛みを感じない病気だと病院から聞いています。その病気を利用し、一方的に性欲を発散する。そんな欲求が有ったのではないですか?」

 その質問は、触れてはならない、起爆装置のような僕のスイッチを一気に撫でていった。叫び出したい欲求に駆られたが、僕は必死で抑えた。

「流血に欲情する……確かに合っています」

 男性は瞼をぴくっと動かして、怪訝な表情で僕を睨む。僕は構わず続ける。ただ、事実を述べることにだけ集中する。

「しかし、僕には犯罪を犯したいという欲求はありません。その欲求と、今回の事件には、直接的な結びつきはありません」

 僕はキッパリと否定する。

 男性は言う。

「では、優さんと光基さんは、一体どんな関係だったのですか」

 そこで初めて、僕は返事に窮した。とにかく事実に沿ったことを話さなければいけない。そう思えば思うほど、僕は焦っていた。

 そして僕は、やっと言葉を絞り出す。

「幼馴染という言葉が、一番当てはまると思います」

 この事件が起こった理由。なぜ殺されるのが優でなければならなかったのか、なぜ罪を着せられるのが僕でなければならなかったのか。

 それを説明するには、僕と優の関係を振り返る必要がある。つまり、僕と優の幼少期へと振り返らなければならない。


 

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