第四話 無形の医大生
夕食を取った後は風呂場で乾かした服を取り込む。優と僕の洋服がかかったハンガーを持ちながら共用の自室に入り、ベッドの上で寝ころびながらSNSを眺めている優を見た。家事の一つもできない優を疎ましく思いなんかしない。
むしろ、そのままであって欲しいとさえ思っている。優が何一つ不満のない人生を送れるのなら、僕はできるだけのことを尽くしたい。僕が生きている理由はたったそれだけ。
僕は洋服をハンガーラックに掛けながら、額の奥が小さな熱を持つくらいのちょっとした怒りを覚えた記憶を辿る。ここに二人で暮らすと決めた頃、友人同士のルームシェアは厳しいのではないか、というネットの記事を目にしたのだ。恋人同士とか、そんな関係なら、部屋を出て行ったりするなんてことはほぼないけれど、友人同士だと、疎まれるところがあるらしい、と。
要するに、僕達の関係は周囲から見たら信頼されるものではないということだ。
それを知らされた時、僕は愕然とした。
なぜなら、僕と優の関係を繋ぎとめているものを、僕はうまく言葉にできなかったからだ。一応友達同士とは説明したものの、僕はその説明に自分で違和感を覚えていた。僕と優は、友達という言葉で簡単に表せる関係ではない。僕達は、もっと強い何かで結ばれている。僕はそう主張したかった。
恋人とか兄弟とか、そんな形のある関係では、僕達は決してない。それでも、僕達は互いに場所を共にしないと生きていけない。
なのに社会というものは、形のあるものが僕の思っているより大好きなようで、それを知ったとき、僕の胸は言葉に言い表せないくらいの虚無感でいっぱいだった。
「お、夜野修一先生の小説映画化されんの⁉ マジかよ⁉」
その時、この部屋に存在していた静けさの調和を破るような優の声が、背後から聞こえた。
「ん? 何?」
僕は振り返って言う。
優はベッドから体を起こし、きらきらと輝いた目で言った。
「俺の推し作家の小説が映画化だってよ! なあ、いつか映画館行って見ようぜ!」
優はスマートフォンの画面を僕に近づけながら、病人とは思えないほどの明るさを放っている。
僕は少し返答に詰まった。
僕の考えていることを見透かしたのだろう。優は少しだけ瞼を下げ、ジトっとした目で僕をつまらなさそうに睨んだ。
「座席に長時間座ってると危ないですよーってか。はいはい分かりましたよー」
「分かったのならよろしい」
優はゆっくりと背中を布団に預ける。そして大の字になって目を瞑った。ベッドのしわがくしゃくしゃと生まれる。
目を瞑った優は、なぜか少しだけ感傷的になっているように見えた。
その表情から、優は、自分の本当に残念がる気持ちを、何とか面白おかしく取り繕おうとしているのだと分かった。
僕はため息をつき、言った。
「円盤が出るまで待つんだねー」
僕は部屋のドアを開けて、風呂場へと向かった。
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