第五話 支障 (残酷描写、性描写あり)

 僕達は風呂に入り、その後、優はベッドの上で就寝し始めた。いろんな作業をこなしたらしいから、相当疲れていたのだろう。

 それに対して僕はそこまで寝付けていなかった。昼寝してしまったせいなのだろうと、苛々としながら思う。僕は少しでも生活習慣が乱れるだけで、苛々としてしまう傾向がある。まだ冷たいシーツの上で、僕は目に悪いと分かっていながらもスマホをつけた。ストレスの発散場所が欲しかった。

 イラスト投稿のサイトを開き、僕はそれにログインして目当てのイラストを検索する。

 検索結果はあっけなく表示され、様々なイラストが僕の目に映り込んでくる。

 そして僕は、一つのイラストをタップした。

 そのイラストには、作者が創造した設定の文章が添えられている。

『敵の触手に貫かれた、戦う少年です。この絶望した表情がたまらないんだわ……(←キモイw)』

 電車の中で戦っているという設定なのだろう。イラストの中の、黒いジャケットと黒い短パンというデザインの少年は、敵であろう触手に腹部を貫かれ、大量に血を流している。

 過剰なほどの出血量。びちゃびちゃと落ちてゆく血液の描写。吸い込まれそうなほどの黒の混じった赤色。少年の力の抜けたような、見事な表情。僕の心拍数は上がっていく。そう、こんな風にぐしゃぐしゃに、こんな風にめちゃくちゃになった感じ。これが僕が今求めているものだ。堪らない。堪らない。堪らない堪らない。ただひたすらこの少年が愛おしい。この溢れ出る血が僕を性欲の最高潮まで連れて行ってくれる。

 僕は、ベッドの上で胡坐をかきながら下半身へと手を伸ばす。

 僕はこの作者のプロフィールの文章を思い出す。

『グロとショタ、いわゆるショタリョナが大好きな変態男性です! これからも創作活動頑張っていくので、気軽にフォローしていただけると嬉しいです!』

 このサイトには、一般的でないものを性的対象とする人たちのたまり場があったりする。グロ表現でなくとも、動物だったり、液体だったり、特殊な状況であったり……。

 きっとここは……。と僕は身勝手に思う。

 きっとここは、はみ出し者と呼ばれる人たちが唯一性欲を発散できる場所なのだろう。と。


 僕は洗面所で手を洗う。後ろめたさと、少しの罪悪感がまじりあい、水の冷たさと一緒にどこかへ流れていき、やがて心が沈静化していく。

 そして、優の小説の題名である、『パラフィリア』が頭の中を過る。

 正確には、パラフィリアと言うのは、僕のような異常な性嗜好を持つ者のことを安易に指し示すものではない。その性行動によって自身の生活や周囲に害や苦痛が及ぶ場合、支障をきたす場合、パラフィリア障害と診断されるのだそうだ。

 倒錯という言葉が、僕の心に静かに、重く圧し掛かる。

 僕は、不特定多数の人からすれば、誰かに害をなす異常者に見られてしまうのだろうか。

 一体、何をもって倒錯と判断されるのだろうか。

 分からない。

 僕はただ、日々を過ごしていく中で、自己憐憫に浸らずに自分を律し、優のために生きていくしかない。そう、自分で決めたのだ。

 僕は電気を消し、洗面所を出て、自室に入る。入り口から右側に設置されている優のベッドの読書灯が、暖色の優しい光を放っていた。

「優? 起きてた?」

 僕は小さく声に出す。

「なんか、眠れなくて」

 優は、自嘲的な笑みを含ませながら言った。確かにその声には震えがあった。

 その一言で、僕はすべてを察した。

「優……」

 僕は優のベッドの縁に座り、白い壁に向けた優の横顔を見る。読書灯の光を内包した涙が、目元を伝っていた。

 優の目が、僕に向けられる。その泣き顔に、僕は心をぎゅっと締め付けられる。

 優は半身を起き上がらせ、僕に抱き着いた。

 涙は僕のパジャマを濡らす。優はいつも周囲の人間に強がって、自分の事となるとすぐ煙に巻くところがある。恋をする感情が分からなくて、日本に何十人しかいないほどの難病を背負った彼に、枕を濡らさない夜がないわけがない。

 僕はただ、優の涙を受け止める。優の気が済むまで。

 ――大丈夫、安心して。僕が、絶対にお前の病気を治せるように頑張るから。

 シーツと優の白いシャツは、ぐしゃぐしゃに皺を作っていく。優の体温は、冷たくも、温かくもない。

 声に出さずとも、優は分かってくれている。

 僕がこんなに優に必死になっている理由も、僕が医学部に進学した理由も。


 僕達は、確かに普通じゃない。だけど、僕達には、救いの手は必要ない。普通じゃない人間を弱者と定めて一方的に擁護しようとする風潮なんて必要ない。

 僕はただ、一人の人間として、この世界とつながれるなら、それだけで充分だ。

 僕は、優のために、この人生を捧げる。誰に疎まれようと、気持ち悪がられようと、そんなのどうでもいい。

 

 この現実にとって、それはきっと、難しいことではないはずだ。

 

 

 

 

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