番外編③「アイトーロルの姫」
「爺や! 遅いですわ!」
「お待ちくだされ姫! 爺めは、爺めはもう――」
そう言って、
「もう爺やったら。だらしないんですから」
「そ、そんなこと言っても、もう三時間も――」
ガクリ、と首を折って倒れたカルベ。相変わらず不憫ですね。
五歳になったアリサは、リザと違ってとっても自由奔放に育っちゃっていますの。
アイトーロルのアイドル、リザの子だからってね、みんなチヤホヤしすぎなんですよ。
『アリサ。カルベ爺やをいじめてはいけませんよ』
「お婆ちゃま! アリサいじめてないもん! ね、爺や?」
カルベの背から降り、頭側に回ったアリサはカルベの目を見つめてそんな事を言いました。
「
情報量が多かったかしら。ごめんなさいね。
まだ三十路に届いたばかりのカルベはアイトーロルの姫・アリサ付きの爺やに、そして
カルベはともかく、さすがにお化けの私は内々だけにしか知らせていない秘密の後妻ですけど。
秘密の後妻ってなんだか響きが淫靡ですね。
それはまあ置いといて、アイトーロル王は前アネロナ王と違っていまだ王として健在ですから、この国には今、エリザベータ姫とアリサ姫という二人の姫がいるんですよね。
リザももう三十を二つ過ぎた子持ちの人妻ですけど、それでもその人気は変わらず高く、そして五歳のアリサは人族とトロルのハーフにも関わらず人族からもトロルからも美しいと賞賛される不思議な
見た目で言えばあの時のリザに少し似ている気がしますね。変身後のバルクアップ前のリザに。
だからですかね。今もカルベはヘトヘトの癖して元気にニヤニヤ『いじめられてなどおりません!』なんて言っちゃうのは。
そろそろ帰ってくる頃だと思いますけど、今リザとアレクはニコラ爺や一人をお供にアネロナへ行っていて不在なんですよ。
キスニ王妃が五人目のお子さんを産んだお祝いにね。
キスニ王妃はリザより九つも若いですからね、このペースだと十人くらい産んじゃうのかしら。
年々色っぽくなるキスニ王妃にアネロナ王も
「ただいまアリサ。良い子にしていましたか?」
「お母さま!」
乗ったままだったカルベの背を踏んでアリサがジャンプ!
それでもリザのお腹の辺りまでしか届かずに、それをリザが引っ張り上げて自分の肩に座らせました。
「アリサ良い子にしてたよ! お母様も良い子にしてた!?」
「わたくしだって良い子でしたよ。もちろんアレクだってね」
「ええ〜。お父様も〜? ホントかなー?」
リザと一緒に帰ってきていたアレクがアリサの言葉に大慌てで言い返します。
「パパだって良い子だったよ! もうアリサよりもずっとずっと良い子だったんだから!」
さすがに半ズボンは卒業しましたが、変わらぬトレードマークのサスペンダーをパチンと鳴らし、
これでも立派にハタチの大人なんですよね。
あの頃よりも大人っぽく美しく、それに背もずいぶん高くなりました。
と言っても百九十のリザよりまだまだ低い百七十を少し過ぎたところで、結局『リザに追い付いて追い越す』と宣言した通りにはなりませんでしたけど。
「うふふ。もうアレクったら、アリサと張り合ってどうするんですか」
「えへへ。だってアリサが意地悪言うんだもん」
リザはそう言いながら、ぷー、と頬を膨らませるアレクにアリサを手渡しました。
そして疲れ果てて横たわるカルベの隣に膝をついて労います。
「ごめんなさいねカルベ。アリサの世話、疲れたでしょう?」
「そんなそんな! このカルベ、これしきの事で疲れなぞしませぬ!」
なんて口では言いますが、未だに横たわったままのカルベを――
「だらしないぞカルベ! リザ姫さまご幼少の頃の儂はそんな事なかったぞ!」
――ニコラ爺やが首根っこを掴んで無理矢理立たせ、肩に担いで部屋を出て行きました。
「ちょっ――ニコラ様! お、下ろしてくだされ!」
「このまま訓練へ参る! 誰ぞ儂の戦斧を持てぃ!」
もう七十になろうかというニコラは相変わらずバルクたっぷり至って元気モリモリです。
そして久しぶりの家族団欒。
王と私が並んで座り、それにリザとアレクの間にはアリサが座ってテーブルを囲みます。
一家五人が揃ってアイトーロル王も嬉しそう。私も笑顔になっちゃいますね。
和やかに食事が進む中、話題はやはりアネロナやロステライドの子供たちの事に花が咲きます。まぁ当然でしょうねぇ。
アネロナは五人、ロステライドも二人の王妃が
けれどこの話題は不味かったかも知れませんね。
「どうしてアリサは一人なの?」
――大人四人が固まります。
これは迂闊でした。
リザとアレクの関係が冷え切っているせい、なんてそんな事は全くありませんが、こればっかりは授かり物ですから。
「アリサごめんね。パパもママもアリサに弟か妹が欲しいと思ってるんだけど、なかなか神様が連れてきてくれないんだ」
「え!? 赤ちゃんは
「そうだよ。だからね、もしも弟も妹も産まれなくても怒らないで――」
アレクが頑張って言葉を紡ぎますけど、アリサがぶつり! とぶった切って声を上げました。
「お婆ちゃま!」
……え、私ですか?
「弟か妹か、アリサに下さい!」
……え――、なぜ私に……って、あ、私、
アレクもリザも王ももちろんそれは知っていますし、アリサがそれに気付いていてもおかしくありません。
だって私の体、透け透けですし見た目からして只のお婆ちゃまではありませんものね。
アレクのバカ〜っ!
それ女神ファバリンにはどうしようもないヤツですよぉ! どうしてくれるんですか! もう!
私とアレクはアワアワアワと、動揺が顔にも素振りにも目一杯出てしまっていますが――
「「アリサ」」
――アイトーロル王とリザの二人は落ち着いて、とっても優しい声でアリサの名を呼びました。
王は片方の掌を上へ向けてリザを促します。それにリザは少し頭を下げて微笑みを返し、アリサの方へ体ごと向け、少し顔を近付けて言います。
「アリサ。わたくしのお話、聞いてくれますか?」
「うん、聞くよ?」
「お婆様は確かに神様の一人ですけど、赤ちゃんは別の神様に頼まなきゃいけないのです。けれど、その神様はどちらにお住まいか分からないの」
「……そうなんだ。じゃぁアリサ、弟も妹もダメ?」
シュン、と萎れるアリサ。お婆ちゃまがなんとかしてあげられたら良かったんだけど……胸が締め付けられますね。
アレクもご自分の胸を押さえて『はうっ』って顔していますね。萎れるアリサも可愛いからでしょうね。
「それはわたくしにも分かりません。けれど、わたくしはね、アレクを大好きですから。二人が大好き同士だったら産まれるかもしれませんよ」
リザは少し頬を染めてそう言い、アリサは口を丸くして少し驚いた顔。
バッ! とアレクへ顔を向けたアリサ。
「アリサ、パパもリザの事とーっても大好きだから!
アレクの言葉にアリサは少し『?』の顔。
アレクとリザは、アリサの座る椅子の背凭れの後ろで手を握り、なんだか
ぽやんとした顔でうっとりリザを見詰めるアレク。なんだか昔を思い出しますねぇ。
けれど頑張るのはもうちょっと後にしなさいね。なんだか赤面しちゃうじゃないですか。
「お父さまがお母さまの事を大好きなのは分かるけど……」
アリサが再び首を捻ってそんな事を。
「お母さまはどうしてお父さまの事が大好きなの?」
「え? そんな、だって……可愛いしカッコいいじゃないですか」
「お母さまの趣味かわってる。カルベ爺やの方がカッコイイよ?」
「
まっ! アリサったらおませさん!
でもまぁ、どちらかと言えばアリサの方が一般的かも知れませんね、トロルとしては。
「わたくしにとってはね、アレクが世界で一番素敵なの」
「僕にとってはリザが世界で
そうそう、それで良いんです。
自分が思う素敵が素敵。アリサも自分の思う素敵を探してくださいね。
この夜二人は頑張る訳ですけど、アリサに弟か妹が出来るかどうかはまだ分かりません。
それもまたいつかお話できると良いですね。
それでは、またね。
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