第86話「アレクとSS」
――僕が行く。二人は休んでて。
アレクはそう言いますが、さすがにちょっと厳しいでしょう。
手強くなってきた百を超える魔物に加え、やっかいな魔族。
いかにアレクでも――
「おう。今までサボってんだから働いてこい」
「ちょっ――サボってた訳じゃな……でもそうか。そうかもね」
アレクは右手を左手首にそっと添え、ぱりっと僅かに魔力を流しました。
「エスエス、軽くいくよ」
なんだか頼もしいやり取りです。
私がここにいても役に立ちませんから、意識を一つここに置いて、四人目が現れた事をリザへ伝えにいきましょうか。
魔の棲む森から姿を現し始めた魔物の群れ、その中ほどに居ました。大きな剣を背に負った魔族、アドおじさんの言う通りならば、アンテベルトです。
顔は似ていませんが、側頭部の一対のツノがかつての魔王デルモベルトによく似ています。どちらも貴族ですし遠縁ですかね。
静かに、しかし素早く丘を駆け下ったアレクの両腕が、鈍く光る銀の
そう、昨年デルモベルトを倒した時も、アレクの腕は指先から肘までが銀の手甲に護られていました。
あれは装備者の身を護るという、最上級の精霊武装
「ダメだよ、軽くって言ったでしょ。君は
おや? どうやらSSにはデルモベルト討伐の際には見せなかった、更なる力があるようですね。
ちなみにアレクがSSに話し掛けていますが、会話ができるとか、自我があるとか、別にそう言った
アンテベルトや魔物たちが丘を駆け下りるアレクの存在に気付いたらしいです。
「行けぇぃ! 勇者を仕留めよ! ジフラルト様への手土産だ!」
小さなアレク目掛けて魔物が殺到しますが、アレクは未だにSSを抜きません。鈍く輝く銀の手甲のみです。
しかしアレクは少しもスピードを緩めずに突進。
静かに、掛け声もなくただただ突進。
そして先頭の一団と接触する寸前――
「よっ」
――と、小さな掛け声とも言えない様な声と共にパンチを一つ繰り出しました。
ジンさんの様に拳弾を飛ばしたわけでもありません。
なのに、ドンっ! と轟音と共に唸りを上げた何かが魔物の群れを抉る様に飛びました。
…………
これは一体なんなのでしょう。あまりにも強大な一撃です。
アレクの小さな拳は、一突きで数十の魔物をバラバラにしてしまいました。
「あっ! やっちゃった! ダメだってもっと軽く軽く!」
かなり手強い魔物の筈です。
それをアレクは紙細工でも突き破るように、あまりにも容易く倒していきます。
「そうそう、これくらい! これくらいの
「……な――何をやっておる! 手加減などと言われておるではないか!」
アンテベルトさんご立腹です。
よっ、ほっ、と小さな掛け声の少年勇者が、手下の魔物を一突きで二、三体同時に屠っていきます。
なのに
魔物の群れのおよそ半数を殴り飛ばしたアレクは、早くも中央付近で喚いていたアンテベルトに接近しました。
「手加減って言っても手抜きじゃないからね」
「訳の分からん事を吐かすなぁっ!」
アンテベルトが背に負った大剣を抜きます。そして、気合いの入った「はぁっ!」という声。
「あ、上手だね」
魔族はあまり魔力操作は上手くありません。しかし人族の数倍以上の魔力量を持つため、大雑把な魔力操作でもなんら問題ない、と考える魔族が多いんです。
そんな魔族でありながらこのアンテベルト。
実に洗練された魔力操作で大剣に魔力を
「ふんっ。貴様に褒められても嬉しくはないわぁ!」
言うと同時、アンテベルトが大剣を横振り、漲らせた魔力の刃をアレク向けて飛ばします。
「ほっ」
パンっと手甲を備えた両掌を叩き合わせて魔力の刃を挟み取り、さらに僅かに両掌をズラしてそれを叩き折りました。
「んなっ――!」
「上手だけど……僕には当たらないよ。当たらないって事は、つまり効かないって事だね」
「ぐぅ……者ども掛かれ! 目標は
「死ね! 人族の勇者!」
ご自分はアレクの足止めに動いた事がそれです。
多数の魔力の刃を飛ばし、魔物がジンさん達の
「ちぇっ、バレちゃったか……――エスエス!」
アレクの膝から下、そこに手甲と同様、鈍く輝く銀の脚甲が顕現しました。私も見るのは初めてです!
「えいっ! たぁっ!」
両手両足でバキバキパキパキとアンテベルトの飛ばした刃を簡単に叩き折ったアレクは、アンテベルトに背を向けて――
「君は後回しね」
――そう言い残し、グッと膝に力を入れて跳び上がりました。
「お疲れさん」「おかえり」
丘の上に着地したアレクをジンさんとレミちゃんが労いますが、それに特には触れずに丘の下へと視線を遣ります。
「エスエス!」
手甲の上から左手首に右手を添えて引き抜くと、いつものお気に入りレイピアよりも装飾のあるレイピアが右手に握られていました。
直刀なのは同じですが、エスエスは
「はぁっ!」
アンテベルトと同じように、レイピアへ魔力を籠め、そして丘下へと向け一払い。
そして間髪入れずにアンテベルトの
「……ば、ばかな、一振りで――全滅だとぉ!?」
「もう一振りで君も逝くよ」
エスエスを構え、すかさず距離を詰めたアレクが
「……あ、ごめん。振らずに突いちゃった」
大剣を横にし上段に構えたアンテベルトの額に、アレクのレイピアが突き刺さっていました。
「う、嘘つき……」
「ごめんね」
一言だけそう告げて、アレクはエスエスを真下に下ろしてアンテベルトを引き裂きました。
「魔族の核は大体が体の真ん中だからね。頭か胸かお腹あたりに多いよね」
アンテベルトはこれまでの魔族と同じように、その身をサラサラと砂のように変えて散りました。
どこだか分かりませんけど、アレクの言う様に体の真ん中のどこかだったのでしょう。
「さ! 休まなきゃ!」
やっぱりSSは魔力消費が大きいらしいですね。
慌てて手甲も脚甲も消し、SSを左手首の腕輪へ仕舞い、丘を急いで駆け上るアレク。
――けれど、それをアドおじさんの声が遮ったのです。
「止まれ! そこを動くな!」
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