第59話「 女史の立てた仮説」


「アレックス! 少しこちらへ来て下さいませんか!」


 ボラギノ女史の声です。

 先ほどは姿を見せませんでしたが、見えられた様ですね。

 キスニ姫とノドヌさん、さらにジンさんとレミちゃんの四人の近くにいらっしゃいました。



 少し不満の色を顔に滲ませたアレクでしたが――


「きちんとお話して下さいね」


 ――と、リザに促されたこともあって、素直にボラギノ女史の言葉に従う事にした様です。

 三階テラスのへりから身を躍らせて、ひらりと飛び越え広場に降り立ちました。


「リザも来てくれたんだね」

「ええ。きっと大事なお話でしょうから」


 リザも同じく降り立って、アレクと並んでボラギノ女史の所へ歩みます。

 身長差はまだかなりありますけどね、並んで歩くの、しっくり来る様な気がしますよ。


 近付く二人に対して、うずくまるキスニ姫のそばのボラギノ女史はひざまずいて待機、そして開口一番、アレクでなくてリザへと話し掛けました。



「エリザベータ様、アネロナの姫キスニツプヤの教育係、ボラギノ・ウルと申します」

「エリザベータ・アイトーロルでございます。頭を上げて下さいませ」


 リザはそう返しはしましたが、ボラギノ女史は頭を下げたままで続けます。


「先日のキスニツプヤ姫の暴言、誠に申し訳ございませんでした。当然本人にも謝罪させるべきにございますが、とりあえずは私から謝罪させて下さい」


 リザは一度アレクへと視線をやって、一拍置いて笑顔で応えました。


「……その事ならもう良いんです。お互いにもう忘れましょう。ですからキスニツプヤ様からの謝罪も不要にございますから」


 甘い! リザは甘すぎる!


 なんて怒る方もいらっしゃるかも知れませんが、リザだって女の子、思い出すのも辛いものがあるからかしら……と思ったんですけどね、あの笑顔の感じからすると違いますね。


 恐らくは、あの暴言があったお陰で自分の気持ちに正直になれた、と思ってる様です。結果論ですけど実際そうですし、そう考える方が平和ですから良いかもしれませんね。


「そう言って下さると助かります。けれどもう一度だけ、誠に申し訳ございませんでした」


「確かに謝罪頂きました、これでもうこの件は不問です」

「感謝いたします、エリザベータ様」


 もう一度深く頭を下げたボラギノ女史は立ち上がり、今度はアレクへと向き直ります。


「アレックス。先ほどのキスニツプヤ姫とのやり取りですが――」


 アネロナの勇者認定や精霊武装なんて要らない、というやり取りですね。


「――私がアネロナと掛け合いましょう。勇者認定も奪わせませんし、精霊武装も貴方に持たせます」


「え、ボラギノが? キスニに怒られちゃわない?」


「この件に関して私がキスニツプヤ姫に怒られる事はありません。姫は貴方に会いたくて付いてきただけ、今回のアネロナからの使者としての全権は私にありますから」


 もし万が一のいざという時の為に、自分でも身を守れるようキスニ姫に精霊武装を持たせていただけだそうです。


「でもどうして?」


「チヨ・レイトウという獣人を知っていますね?」

「うん、知ってる」


 あの猪獣人のチヨさんですね。

 ボラギノ女史と面識があったのでしょうか。


「魔の棲む森で魔王デルモベルトのお化けに会ったという彼の事を知りまして、彼に話を聞こうと今朝ギルドへ寄ったのです」


 ウル姉弟にしてみれば、魔王デルモベルトは祖国を蹂躙した憎い相手ですからね。


「彼から聞いた様子と、私がかつて目にした魔王デルモベルトとイメージが全く違うのです。もしかすると、新しい魔王ジフラルトこそがザイザールを襲ったのでは……と」



 …………あ。

 それはあり得るかも知れません。


 ボラギノ女史が言う様に、私が抱いていた魔王デルモベルトのイメージと、ロン・リンデルが全く噛み合いませんでしたから。



 私が抱いていた魔王デルモベルトのイメージは――

 『子供っぽくて落ち着きのない思慮魔族』。


 ウル姉弟のイメージは――

 『下品で野蛮なバカ』でしたっけ。



 魔王ジフラルトにはお会いした事がありませんが、部下の二人、執事レダ・コルトと執事長フル・コルトは下品ではありませんでしたがバカ――いえ、キショい二人でした。


 どうでしょうね、ボラギノ女史の立てた仮説。

 そこのところどうなんですか、ロン?


 アレクとリザも私と同じ様に思ったらしく、実はテラスから降りてきていたロンへと視線をやりました。



「間違いない。ザイザールを滅ぼしたのはデルモベルトの弟、ジフラルトだ」

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