第55話「丸裸の乙女心」
正午少し前、王城前の広場に多くのトロルが集まりました。
勇者認定の与え方、それは特別難しい事ではありません。
女神ファバリンを信奉する国民たちの多くが、勇者認定がその者に与えられる事を心の奥深くで認め、そしてその意を汲んだ王、またはそれに類する者が『与える』と言えば良いだけです。
条件で言えばそれなりに難しいですけど、やり方で言えば簡単でしょう?
「皆、聞けい! 王からの言葉がある!」
突然集められざわざわと騒いでいたトロルたちは、ニコラの大声に静まり視線を上げました。
「なんだっつうの大声でよ。まだゆうべの酒が抜けてなくて頭が痛えってのに――」
「ジン、静かに」
「バカジン」
アレクたち勇者パーティの面々はトロルたちに混ざって広場にいる様ですね。
皆の視線の先はこじんまりした王城の、その三階テラス。
街中でも時折り見掛けるリザと違って、ついぞ姿を見せることのなかった王の言葉ですから、国民たちも神妙な顔をしています。
「我が愛する国民たちよ。久しく顔も見せずに済まなかった」
ニコラの大声と違い、遠くまでよく聴こえるように声に精霊力を籠めています。いちいちやる事がオシャレなおじいちゃんですね。
久しぶりに目にした王の元気そうな姿に、ホッと胸を撫で下ろした国民たちへ話を続けます。
「皆もよく知る我が孫娘リザ。彼女に我が国アイトーロルの勇者認定を与えようと思うが、皆はどう思うだろうか?」
この国にそんなシステムがある事さえ知らないトロルたちは少し騒めきますが、群衆の中にアレクたちの姿を見つけた者が声を上げ、その声が拡がると共に、『アイトーロルの勇者認定』という言葉の理解も拡がっていきました。
『リザ姫なら』『今更?』『必要あるか?』『いや、俺こそに』そんな声がちらほら聴こえてきます。
「皆さまざまな考えがあると思う。当然だ。だからリザ本人の言葉も聞いて考えてやってくれ。さ、リザ」
王が一歩退き、テラスの縁から身を乗り出すようにリザが進み出ました。
すると当然の様に、より一層騒つくトロルたち。
自分たちがよく知る、あの美しかったトロルの姫の姿はそこにないのですから。
「み、皆さま……エリザベータにございます」
ざわざわざわ、と騒然です。
「おい、アレがあのでっかい姫さんかよ。相変わらず緑だけどよ……ちょっと、いやかなり可愛いんじゃねえ?」
「ジン、黙って」
「バカジン」
姫はどこだ、あれは誰だ、いや面影はある、と騒ぎ立てるトロル達へ、再びニコラの大声が響き渡りました。
「とにかく聞けぇぇい! この
ニコラの声には、どことなく怒気も孕んでいましたが、ニコラ自身やりようのない怒りを抱いているのも理解しています。
難しいですよね。ニコラは誰もが認める最もトロルらしいトロルですから。
「わたくしは……、故あって自ら望んでこの様な姿と相成りました――」
リザは
十年前、ひょんな事から自らの大きな体を忌む様になり、そして
その
リザの顔はまた、真っ赤です。
乙女心を丸裸にするような、こんなやり方は私もホントは嫌だったんですけれど、国民の同意を得る為に偽り事は有り得ません、ってね、リザ本人がそう言うのですもの。
真っ赤になりながらも話すリザに、騒めくトロルたち。
ところどころでガクリと膝をついて項垂れるトロルが散見できますが、これはリザに密かに恋心を抱いていた若い男性トロルたち、主にはトロル
――意中の者とはどこのどいつ――
などと怨嗟の声が聞こえてきます。
あ、その中にカルベもいますね……
「わたくしの我が儘なのは分かっています。けれど……どうかわたくしに勇者認定を与えて下さいませ!」
リザが最後に深々と頭を下げました。
そして大きな拍手と怨嗟の声に包まれつつ、数歩下がって王の隣に立ちます。
「なぁ、おい。でっかい姫さんの意中の者ってオメエの事じゃねえの? ……やったじゃねえの! ……おいアレク? なんか言えって。魔王討伐なんて言ってんだからオメエなんだろ? でっかい姫さんの意中の者」
「
「バカジン――」
怨嗟の声を上げていた若い男性トロルたち、その全てがアレクに対して殺気を孕んだ視線を送っています。これはもう乱闘勃発待ったなし!
けれどそうはなりませんでした。
「僕からもお願いします! リザに勇者認定をあげて下さい!」
がばりと頭を下げたアレクが上げた大声。
それに殺気トロルたちは
「さぁ、愛する我が国の国民たち。我が孫娘リザに勇者認定を与えても良いと思う者は、心にそれを抱いておくれ」
国民の多くが与えても良いと思ってくれていれば、この後に続く、王の『与える』という言葉でリザが認定勇者となる筈です。
私はまぁ、問題ないと思いますけど。
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