第54話「我が儘言いなさい」
アイトーロルの勇者認定。
もちろんそれは存在します。世間に知られてはいませんが、なんと言っても女神ファバリンのお膝元ですからね、この国は。
ただアイトーロルは元々、他の国と違って国民のほぼ全てがトロルであり、一人一人がそれなりに武力を持ちます。
ですから、全ての国民の力をもって国を守るという考えから、随分と長い間、認定勇者を抱える事はしていませんでした。
リザの言葉に、一同は驚きつつも納得の表情。
けれどやっぱり驚きの方が大きい様ですね。
中でもアレクが最も大きな驚きを示し、それでもやっぱり表情に嬉しさも滲み出ていますよ。
「確かにその姿では自慢の斧を振るうだけで一苦労じゃろうて。勇者認定でその力不足を補う考えは筋が通っておる」
「でしたら――」
「だがなリザ、何を
「わたくしは……、第一にこの国の、この国の民の平穏を望んでいます。そしてアレク達はこの世界の平穏を望み、その身を粉にして戦ってくれています。わたくしは……、少しでもその力になりたく思います」
まぁ立派な事を言っていますね。
私とアイトーロル王は一度視線を合わせ、コクリと頷き合いました。
「殊勝な心掛け、誠に良いが……この
アイトーロル王は微笑みを絶やさぬまま、愛してやまないただ一人の親族である孫娘に手招きします。
王のベッドに近寄ったリザが、その耳元へ手を添えて、そっと耳打ちで本音を伝えました。
「……アレクと……離れたくないのです」
もちろん私は盗み聞きしています。
ようやく自分の気持ちに正直になり始めましたね、この
けれど悪くないですよ。レミちゃんを見習ってグイグイいきなさいな。偽物おばあちゃんは応援しちゃいますよ。
本物おじいちゃんはどうでしょうね?
孫娘の恋心を応援する為、というぶっちゃけ
筋力がおよそ半分に落ちた今のリザでは、ロンが付いていく以上に足手まといですから、勇者認定なしでは付いていくのは難しいですが。
「リザよ、お前は小さな頃から亡き両親に代わってこの国の為に尽くしてくれた。それは国民の全てがよく分かってくれていると思う」
王は静かに、そして優しくリザに語り掛けます。
体は老いたとは言え、まだまだ頭もシャンとして、それに何より良い声ですね。
「その国民の皆は、勇者認定を欲する事が
神妙な顔で聞いていたリザでしたが、ハッと何かに気付いた様に頭を上げます。
そうですね。
『魔王討伐に赴く為に勇者認定を』と聞けば、『何故うちの姫さまがそんな危険を』と不満も出るでしょうが、それがリザの我が儘ならば、昨夜のニコラと同じく国民も納得もしようと言うものです。
それほどリザは国民に愛されていますから。
「さぁリザ。この
リザの瞳からポロポロと涙が溢れ落ちます。
十年前に両親を亡くしはしましたが、祖父から、国民から、精一杯の愛を受けて生きてきた自分が、これまで共に生きてきた自分を、
それでもね、貴女は我が儘を言いなさい。
自分の気持ちに正直に。
「――わ、わたくしは……、アレクと一緒に居たいが為に……、アイトーロルの勇者となりたい……です」
「――リザっ――」
「よう言うたぁぁぁああっ――ゲホっゲホホっ――」
リザの言葉に感極まったアレクが声を上げましたが、より一層に感極まったアイトーロル王の絶叫に掻き消されました。
「お、王よ! ご無事でございますか!?」
慌ててニコラが背を
程なくして落ち着きはしましたが、良い感じの余韻は全く残ってはいませんね。
それでも、リザとアレクが一瞬視線を合わせ、お互いにニコリと微笑んだのを私は見逃しませんでした。
良い感じじゃないですか、あなたたち。
「……ふー。
「はっ! かしこまりました!」
◆ ◆ ◆
王の寝室から皆が引き下がり、部屋にはアイトーロル王と私だけ。
『久しぶりに二人っきりね、アナタ』
「ふふふふ。もうお芝居はよろしいですぞ、
『あら、お気付きでした?』
「ええ、まぁ。その緑の肌に小さな体、古のトロルなのでございましょう?」
まぁ、なんて物知りなんでしょう。
だから色々と理解が早かったんですね。
『そう言えば貴方はトロルにしては珍しく、幼い頃から本ばかり読んでらしたものね』
「ふふふ、久しぶりに会った親戚に言われているかのようですな。――ところでご先祖さま」
『なんですか?』
「勇者認定の儀なぞ、この国のどの文献にも載っておらんのです。本日正午、よろしく頼みますぞ」
勇者認定の与え方を知らないクセにあれほど
この子もなかなかやりますねぇ。
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