第30話「どっちが好きなの」
「そう言えば……、鼻血で思い出したが、この間のレミ嬢は……もしや俺のことが……?」
「よく知らないけどそうらしいね。この間、森に行く前に寝てるとこ覗いたらうわ言の様にロンさまロンさま言ってニタニタ笑ってたよ」
「ほう、なるほど。そういうものか」
それを聞いたリザの眉間に少し皺が寄りました。
けれど慌ててそれを指で揉んで伸ばしていますね。
実はこの間レミちゃんの様子も少し覗いたんですけど、ロンの事を思い出してはムフフと興奮して鼻血をタラリと垂らしていました。
さすがにこれでは『恋』どころではないと案じたレミちゃんは、癒しの魔術を変形させた新たな魔術を作成中でした。
血圧を下げるよりも鼻の粘膜を強化の方がシンプルで云々……、と。
なんだかそれって脳なんかの血管が切れたりしないか心配ですが、魔術に限って言えばレミちゃんは天性の才をお持ちですからきっとなんとかするんでしょうね。
ロンは腕を組み、右手で顎を触りながらブツブツと何事かを呟いて、不意にガバリと視線を上げて言いました。
「アレク……どうやら俺には、確かに……エリザベータ姫と
あっ、と思う間もなくレイピアを取り出したアレクが躊躇いなく横薙ぎに振り抜きました。
でしょうねぇ。
「――なっ、何をするか!」
それも当然、怒りますよねぇ。
「やっぱりか! 蹴り飛ばすんじゃ甘かったんだ……いっそ亡き者に――ぐはぁっ!」
「何が、ぐはぁっ、ですか!!」
リザの大きな拳骨を落とされたアレクが、この間ジンさんに拳骨を頂いた時の倍ほどのたうち回ってちょっと笑えます。
涙目で頭頂部を
どうやら相当に痛いらしいですけど、泣き出さなかったのはさすが男の子ですね。
「ご、ごめんよリザ。僕、またうっかりレイピアを抜いちゃった……本当にごめん」
ツン、と頑健な顎を持ち上げ視線を合わそうとしないリザでしたが、実はその内心は別の事で冷や汗をかいている様子でした。
たぶん、ロンが口にしようとした事で支配されそうになった脳内でしたが、この前アレクにレイピアを向けられたのはカルベだったと思い出し、デートを放ったらかしにした事を今度こそ謝らなければと決意したりと慌ただしくしてたんでしょうね。
「反省してる。でもさ……大事な事だから聞かせて欲しいんだけど、良いかな?」
アレクの真剣な声音に、リザの『ツン』が下りて視線が合いました。
「……どうぞ?」
「ありがとう。その、さ。正直なところ……、僕とロンの……どっちが…………好きなの?」
ぼかん! と音がしそうな――いえ、私の耳にはそう聞こえたように思えるほどに――凄い勢いで真っ赤になったリザの顔。
アレクは当然じいっと、ロンも興味深そうに目を丸くしながらリザを見詰めていますね。
「……そ、そんな急に……っ」
見目麗しい男性二人に見詰められ、どちらの方が好きかと問い詰められ、あわあわと視線を彷徨わせるリザでしたが、今、見てはいけないそれが視界に入ってしまいました。
――それは部屋の片隅に据えられた姿見。
真っ赤だった顔が、冷めたように緑に戻ってしまいます。
鏡に映った自分の姿――ここにいる二人の男性方とは明らかに異なる自分の姿――を見てしまったリザは、立ち上がって呟くように口にしました。
「……わたくしが……わたくしなんかがそれにお答えするのは……
そう言ったリザは扉へと駆け、勢いよく部屋を出て行ってしまいます。
残されたアレクとロン。
そのままにすべきか追い掛けるべきか、無言のままで視線を彷徨わせましたが、結論が出ないまま立ちすくんじゃいました。
んもう、二人ともだらしないわねぇ。
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