第29話「魔王の件、ではなくて」


「昨日はお疲れ様でした、二人とも」


「リザもお疲れ様。よく休めた?」

「ええ、とっても」



 アイトーロルに帰ってきた翌日、ところ変わって三番亭のロンの部屋にリザとアレクとロンの三人です。


 テーブルを挟んで椅子に座ったリザとアレク。アレクがベッドに腰掛けたロンに言いました。


「思ったより良い部屋だけど、一番亭の僕の部屋の方が広くて良かったんじゃない?」


「いや、なに、これくらいが丁度いいさ」


 もし顔を合わせるとレミちゃんが鼻血を噴きかねませんからね。一番亭だと落ち着きませんよね。


「ふーん、そんなものかな。じゃ早速、今日の議題いこ!」


「……魔王ジフラルトの件だな?」


 アレクの言葉にロンが被せるようにして言い放ちましたが、アレクはぶんぶんと首を振りました。


 あれ? 魔王の件ではなくて?


 私もてっきりその件で集まったと思っていましたけど……。あ、あの若い魔族レダや他の魔族についてでしょうか?



「違うよ! ロン、君がリザをどう思ってるかだよ!」


 ボンっ! と音がしそうな勢いでリザの顔が真っ赤になりました。


「ちょっ――アレクっ! いきなり何を言うのですかっ!?」


「全然いきなりじゃないよ! 僕こないだからいつかはっきりさせなきゃと思ってたもん! さぁロン、答えて!」


 これは面白くなってきました! なんて言ったら不謹慎かしら。けれど面白いものは面白いんだからしょうがないですわよね。


「……どうって、その人となりなど素敵なレディだと思っているが……?」

「それは好きって事!?」


「も、もうめ――ね、ねぇアレク――」

「好きか嫌いかか? ならば当然、好きだ」


「「――んな――っ!?」」


 ボガンっ! と音が出そうな勢いでリザが真っ赤に――っ!

 熟れ過ぎたピーマンの様になったリザを尻目にさらにロンが続けました。


「オ、オホンっ」


 少し赤い顔のロンが、空咳ひとつを挟んでさらに言いました。


「さ、さらに言うならば――アレク、貴様の事も好きだし、チヨの旦那もカコナの事も好きだ……。て、照れるなコレは――」




 …………え?



「…………え?」

「…………え?」



「…………え? 何か変なことを言ったか?」


 なんと言う事でしょう。


 背中まであるストレートの黒髪、少し浅黒いお肌、スラリと高い背に比類なき美しい顔。

 はにかみ照れる素振りも大層美しいのですけれど、どうやらこの元魔王、恋や愛を語るには初心うぶ過ぎたらしいのです。




◇◆◇◆◇


「……ほぉ。男と女とは、そういうものなのか?」

「うん、そうだよ。男は女の人の事を好きになって、女の人は男を好きになるんだよ」


 『男女とは』について若干十二歳アレックス・ザイザール氏の講義を受けるのは、元魔王のロン・リンデル君、齢およそ百二十歳です。


 最初、なんでそんな事知らないの? っとアレクに尋ねられたロンは――


『親からも疎まれ、特に友人も居なかったからだろうか』


 ――と、答えました。

 アレクだけでなくこの元魔王さまも不憫な過去をお持ちな様で泣けちゃいますね。


「なるほどな。先ほどのアレクの質問は、エリザベータ姫とそういう『男女の仲』になりたい気持ちがあるのか、という意味だった訳か」


「そういう意味だったんだけどね、それ以前の問題だったね」


 リザも一緒の部屋でこの話はちょっとマズくありませんか?

 案の定、リザの顔はもう真っ赤まっかっかです。


 もうここのところずっとね、アレクとロンのせいでリザの顔が赤緑になってて可哀想……でもありませんか。

 精一杯楽しめば良いと、私なんかはそう思いますよ。



「あ! ただし男同士とか女同士で好きになるケースもあるらしくって、でもそれを変だとかおかしいとか言うのはダメなんだよ」


「ほう。深いな、男女というものは…………という事は……俺とアレクでも成立するというのか……。深すぎぬか、男女……」



 ……とかいうんでしょう? 皆様、お好きなんですってね。

 いやいやいや、そんなそんな、私なんてほんのちょっぴりしか腐ってませんよ。まだまだ腐に片足入れたとこ……ゲフンゲフン――



 ――なんだかこの子たちって、すっかり仲良しな気がするんですけど、去年殺し合って片方はホントに殺されたりしてるんですよ。


 なんか笑っちゃいますね。微笑ましくって。



「で、何の為に好き合ったりするんだ?」


「……何の為? 何のって……え?」


 生徒からの思い掛けない質問に、アレク先生は助けを求める様にリザへと視線を遣りました。


「何の為も何もないですわ。誰かを好きになるって自然となる事ですし――」


 そこまで言ったリザが少し溜めて、一度落とした視線を再び上げ、二人を見据えて続けました。


「――それに、自分が好きになった人がもし、自分の事を同じ様に好きになってくれたら……そう思うだけで幸せな気持ちになりませんか?」


 リザったらいつの間にか大人っぽい事を言うようになりましたね。

 私、ちょっと感心してしまいました。


「それ、僕分かる。分かりみが凄すぎて、考えただけで鼻血出そう……」

「なるほど、確かになんとなく分かる。さすがはエリザベータ姫だ」


「……う……」


 美形二人から分かると言われてたじろぐリザ。

 リザは可愛いわねぇ、ほんと。

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