第21話「一夜が明けて」
バタバタした長〜い一日だった昨日から夜は明けましたが、まだまだアイトーロルの民の多くはいまだ眠る早朝です。
しかし、パチン、パチンとリザの使うハサミの音が庭園に小さく響きます。
ふんわりした普段着ワンピースを身にまとったリザがいつもの庭園で剪定を行っているんです。
ぱっと見は特にいつもと変わらない感じですけど昨日は色々あり過ぎましたから、どうでしょうね。
昨夜は疲れているはずなのになかなか寝付けなくて悶々としていたようですけど。
「姫、ここにおられましたか」
「おはよう、爺や。少し早くに目が覚めたものだから」
「昨日は色々と大変だったようですな」
「お願い。昨日の事は言わないで」
まだ心の疲労は取れていないようですね。
緑のお肌に隠れてやっぱりちょっと分かりにくいですけど、目の下に
ちなみにアイトーロル王の目の下にも隈が出来ているんですよ。
夕食には間に合うように帰ると言ってデートに行った孫娘が、それよりずっと早く帰ってきたうえに夕食時にも心ここに在らずでどこか陰鬱な表情。
目に入れても痛くないほどのリザの事ですもの、心配で睡眠不足にもなろうと言うものですよね。
「ならば儂からは何も言いませぬ。姫ももう二十四、王に要らぬ心配をかけぬのであれば、男
「――おっ、男あさ……っ、ニコラっ!わたくしは漁ってなどおりませぬ!」
「おや違いましたのか? 昼頃の噂は訳の分からぬものでしたが、夜に耳にした噂ではそうなっておりましたぞ?」
「噂が……? そ、それは一体どのような……?」
「『美少年人族と美青年人族と美青年トロルと美マッチョ人族がリザ姫を巡って
なかなか興味深い噂です。大体は合ってるような気もしますしけれど、ずいぶんと
アレクにロンにカルベ。それに……?
あ、美マッチョ人族って……ジンさんも入ってるのね。
マッチョと言っても人族の視点ですね。カルベよりもバルクってませんし。
「痴話げんか……そっ、それは誤解ですのよ!」
「いやいや、今は痴話げんかの話は良いのです。そんな事より――」
「……そんな事って――」
そうですわね。
『魔王が現れた』に比べれば痴話げんかの話は、そんな事、になるのももっともでしょうね。
「今日は月に一度のノバクの奴が休む日ですからな。今日はワシと姫で警備指揮に出ますぞ」
あら、そんな話題でしたか。
ノバク・スルとは、リザを筆頭とするトロル
歴戦のベテラン戦士なんですが、これがもうとにかく仕事を休まない事で有名なんです。
トロルナイツは四日に一日は公休なんですけど、放っておくとノバクは公休を返上して一日も休まずに一年通して働いてしまいますから、月に一度だけは強制的に休みを与えねばならない、という変わり者。
「ノバクの休みは承知していますし、わたくしが警備に出るのはもちろん構わないのですが、カルベはどうしたのですか?」
「有休だそうで。急ですが先ほど青い顔で申請に来たそうですな」
そうニコラに言われたリザは罪悪感を顔に滲ませましたが、リザに原因の一端があるとは言ってもそんなに気にしなくて良いでしょう。
どうせジンさんが呑ませすぎたせいの二日酔いだからでしょ。そしてきっとジンさんも二日酔いなんでしょうね。
「そう……ですか。しかしわたくし達二人ともですか? わたくしだけで指揮できますわよ?」
「お聞き及びではないですかな? 魔の棲む森に魔王デルモベルトが出たらしいのでな、トロルナイツは普段の二分隊稼働から三分隊稼働へ増量なのです」
ああ、そうだったんですね。
四百名からなるトロルナイツはいつでも四百名全てを稼働させている訳ではないのです。
四つに分けた内の二分隊が警備、そして常に一分隊はお休み、もう一分隊はいつでも出動できる状態の練兵なんかですね。
トロルナイツは割りにホワイトなんですよ。
隊長格も練兵があったりギルドへの出向があったりでバラバラですけど、ノバクがほとんど警備を休みませんからね、それなりに休めちゃうんでよね。
「え、あぁ、アレクから聞いて知っています。けれどそれなんですけど、その後アレクは何か仰ってませんでしたか?」
「あの変態ストーカー誘拐犯勇者は
「…………そう。爺や、これからすぐアレクの
「――ほ? これからすぐ? 構いませんがいったい………?」
首を
しかしアレですねぇ。
魔王が現れたと騒いでいた筈なのに、唯一それに対抗できる勇者様は牢に入っていて、その仲間の一人は恐らく二日酔いで、もう一人は恐らく貧血。
あ、ちなみにレミちゃんはあれからリザが一番亭に運んでベッドに休ませました。
失われた血を癒術で補填することはできませんが、リザの癒術で血液の再生能力をアップさせていますからもう少し休んでいれば元通りでしょう。
「アレク? 起きてらっしゃいますか?」
鉄格子越しに牢内へと声を掛けたリザ。少し急いで駆けてきたものですから、ちょっと息が弾んでいますね。
ニコラも荒い息ながらきちんと遅れずについてきていますよ。
「リザ! 来てくれたんだね!? 僕もう寂しくて死にそうだったよ!」
牢の奥で死んだようにごろりと寝ころんでいたアレクが飛び起きて鉄格子にしがみついて続けます。
「ロンのヤツとなんにもなかっただろうね!?」
「……いえ、今はそんな事はどうでも良くてですね」
「どうでも良くない!」
そんな事を叫ぶアレクですけど、浮かべる表情はニッコニコです。可愛らしいです。
よっぽどリザに会えるのが嬉しいらしいですね。
「ねえアレク?」
「なんだい?」
「魔の棲む森で貴方たちが見た魔王とはロンだった訳じゃないですか」
「そうだね」
「……ん? なぬ?」
魔王デルモベルトがロン・リンデルだという話をニコラ爺やは知りませんからね。
なぬ? って言うのも当然ですよね。
「ということはですよ? アイトーロルに脅威は迫っていないという認識で良いのかしら?」
「え? あ、そう……だね。そうなっちゃうね。しまったなぁ……アネロナに手紙出しちゃったな……」
「なんじゃ? マズかったのか? というかもう脅威は去ったのか? 知らぬ間に?」
ニコラの言葉を受けリザとアレクが顔を見合わせて、『ん〜〜』という表情を作りました。
脅威は去った、と言ってしまうのはなんて事ない筈なんですけどね。二人ともに何をどう説明するのがベターかで悩んでいるようですね。
「爺や、一緒に来させておいて申し訳ないんですけれど、少しアレクと二人でお話しさせてちょうだい」
「それは構いませんが牢は開けませぬぞ。昨日の様な事があっては、儂が直々に息の根を止めてやらねばなりませぬからな」
ニコラはたっぷりと
……アレクが再びリザを拉致しようとしたならば、例え
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