第13話「ロンと恋するリザ」


 エリザベータ・アイトーロル十四歳の冬、彼女は両親を亡くしました。

 けれど、本当の意味の恋心を初めて知った年でもありました。


 しかし、それは不幸なことだったと言えるかも知れません。

 緑のお肌に筋肉量バルクたっぷりの肉体を備えたトロルの彼女が恋したのは、人族の美しい男性だったのですから。


 それが原因でリザの美醜の感覚は狂い、トロル的には絶世の美女である自らを醜女しこめであると考える様になってしまったのです。




 俺を許すのか、と言ったロンに対するリザの言葉。


『許すも何もありません! 貴方には感謝の言葉と――、と……、感謝の言葉しかありません!』


 『好きです』という告白の言葉も本当はあるんでしょうけど、なかなか言えませんよね。

 だってリザは、美しいロン・リンデルに対し己れは醜い女だと思い切っていますから。


 私もう、見ているだけで泣いちゃいそうです。



「…………ありがとうございます、エリザベータ姫。その言葉に……俺は救われました」


「あの時アイトーロルは、大袈裟でなく貴方に救われましたの。ロンはそんな、私の言葉なんかで救われる必要さえありませんのよ」


 リザはそう言って、相変わらずひざまずくロンの手を取り引っ張り上げて立たせました。


 うやうやしくリザの手を取り立ち上がったロンは微笑みながら言います。


「姫。本当に素敵なレディになられましたね」

「――っ! か、揶揄からかわないで下さいませ!」



 なんだか本当に良いムードですね。

 蚊帳かやの外に置かれたカルベの肩でも叩いてあげたい気分です。


 少しいじけた雰囲気のカルベは所在なさげに佇んで二人を見守っています。


 カルベは能力的には申し分ないのですけど、やっぱり筋肉量バルク的にボリュームが足りませんからね。

 そのせいでなかなか自分に自信が持てないんですよね。


 カルベ、そういう所ですよ。


 なんと言ってもリザとデートをしていたのは貴方なんですからね。

 もっと堂々としていれば良いんですよ。



「今回はどうされたのですか?」

「一つ大きな仕事が済みましたのでね、ご両親のお墓参りと羽休めのつもりで」


「まぁ! でしたらしばらくはアイトーロルに?」

「ええ、そのつもりです。ですから――」


 そう言ってロンはカルベへ視線を遣って続けました。


「――ご一緒の彼を待たせては悪い。また今度、ゆっくり」



 ほら見なさい。

 いつまでももじもじと尻込みしてるせいで、ライバルにフォローされる始末じゃないですか。


 もちろん、そうは言ってもロンにその気があるかどうかは怪しいですけれどね。というか無いでしょうね、普通に考えれば。


 そしてロンはカルベに軽く会釈して、そうしてからリザへと視線を戻し声をかけました。


「二、三日の間に王城へお伺いしますので」


 さらに再び片膝をつき、そっとリザの手を取ってその甲へと唇を触れさせました。


 ――っ!


 な、なんて絵になるの!


 

 長い黒髪に少し隠れた、少しだけ目尻の垂れた優しそうな目、しなやかな指先、スラリと長い手足。


 これはリザでなくとも落ちますわ。

 落ちずにおれる乙女は絶無でしょうね。


「では、また」


 スッと立ち上がりくるりと背を向け歩き出したロンの背を、ポーッとほおけた顔で見送るリザ。


 そうでしょうねぇ……。

 これはカルベでは太刀打ちできそうにありませんね。



 けれど、アレクはどうでしょうね?

 そろそろアレクが来る頃ですけど、どうなりますかね。


 さぁ、言ってる間に当の本人がやって来ました。さらに一悶着あるんでしょうね。きっと。




「リザ! その気障キザな男は誰だい!?」


 一息でやってきた私と違い、リザを探して街のあちこちを駆けずり回ったらしいアレクが息を切らして叫びました。


「――ア、アレク! もう戻っていらしたのですか!?」


 アレクの声で正気を取り戻したリザ。

 突然のアレク登場でビクリと背を伸ばして振り向きました。


 さらに歩き去ろうとしていたロンも振り向き、その整った美しい顔でアレクを見遣ります。


「――なっ!?」


 驚いた声を上げたのはアレク。


 大陸一の美少年と謳われたアレクでさえも驚くほどに、ロンの容姿が整っているということでしょう。


 私はそう思っちゃったんですけど、違ったんです。

 続くアレクの言葉に私こそ驚いてしまったの。



「――お、お前は魔王! もうやって来たのか!」



 いえね、そうは言ってもそんな訳ないんですよ。

 私なんかはそう思うんですけれど……。

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