第12話「ある冒険者とリザと」

『――お、おい見ろ。トロル騎士団ナイツのカルベと腕組んで歩いてるの……、まさか……リザ姫じゃねえか!?』

『カルベの野郎、いつの間に姫とそんな仲に――!』

『――ひ、姫……。お、俺の姫……姫ぇ――!』



 どうやらそんな感じで街をひと騒ぎさせたらしく、デート冒頭と違って少し距離を取り、リザとカルベは腕どころか手も繋がずに街を巡っていらしたの。


 まぁしょうがありませんよね。


 リザはトロルのアイドル、カルベだってトロルナイツの隊長格ですもの。名と顔の知れた二人が腕を組んで歩いていれば噂にもなりますわ。


 でもね。

 それでも二人はね、割りと良い感じだったんですよ。


 二人で買い食いしてみたり、花壇のお花を二人で並んで眺めたり、二人でそれぞれお互いに似合う帽子を探したり。


 リザが元々思い描いていたデート像の正にそのままをなぞらえたかの様なデートだったんですよ。


 これには私も驚きました。


 トロルの男どもは根本的にね、恋愛すっとこどっこいばかりなの。

 例に漏れずカルベもそういう子だったはずなんですけどね。いつの間にかカルベなりに勉強したみたいですね。


 そうこうしてぐっと二人の距離も縮まったかに見えたお昼過ぎ。昼食をどこで取ろうかなんて話す二人がギルドの側を通りがかったの。


 ギルドからもほど近い広場中央の女神ファバリンが宿ると言われる大木へ、二人が祈りを捧げ終えて顔を上げたその時、ギルドから一人の男性が出て来たんです。


 そしてその男性を見たリザが声を上げました。


「貴方……もしかして……ロン? ロン・リンデルじゃなくって?」


「……? いかにも、俺の名はロン・リンデルだが……?」


 スラリと背の高いその男性はそう名乗りつつも、呼び掛けたリザの事は誰だか分からないご様子でした。


 ロン・リンデル……。


 聞いた事はある気がしますが、どなただったかしら?

 歳をとると記憶が曖昧になっていけませんね。



「やっぱりロン! わたくしです! エリザベータ・アイトーロルです!」

「エリザ……あっ、なんとエリザベータ姫でございましたか。立派なレディになられていて分かりませんでした」


「まっ! ロンったら!」


 さりげなくリザを褒めるその手腕。

 このさりげなさはカルベやアレクには難しいでしょうね。


 背中まであるストレートの黒髪、少し浅黒いお肌にスラリと高い背、明らかにトロルではありませんし、魔族ほどには暗い色のお肌ではありません。


 もちろんツノもありませんし明らかに魔族の容姿ではありません。どうみても人族のそれですが、けれどなぜか、なんとなく警戒心を抱いてしまいます。


 それというのも……ただもうとにかく、見れば見るほどに…………美形なんです。



「――姫?……………姫!」


「……え、なあにカルベ?」

「どなたですか?」



 カルベも気が気でないでしょうね。さっきまでのリザと雰囲気が全然違いますものねぇ。



「あら。カルベは初めてかしら? と言っても十年振りですから、会っていても分からないかも知れませんね」


 十年振り、ですか? …………あっ! あの時の――


「十年前、はぐれ魔竜退治を手伝って頂いた冒険者の一人、ロン・リンデル様ですわ」



 あのロン・リンデルでしたか。

 私としたことが、すっかり失念しておりました。


 十年前のあの、リザの両親である王太子とその妃が亡くなる原因となった二頭のはぐれ魔竜。


 今の半分ほどの総数だったトロル騎士団ナイツが一頭にあたり、王太子と王太子妃にロンやその他数人の冒険者を加えてもう一頭にあたりました。


 どちらもそれぞれがなんとか魔竜を仕留めはしましたが、王太子と王太子妃の二人は大怪我を負い、その傷が元で数日後に息を引き取ったんでしたね。



「お久しぶりですね、ロン。あの時の皆様もお元気ですか?」


「皆様……? あぁ、あの冒険者たちとは一緒じゃありませんよ。俺はずっと一人、緊急時だったのであれは臨時パーティですよ」



 確か……、ロンの他に五名。

 全員がかなりの腕前だったのを覚えています。リザの両親と併せてたったの八名で魔竜を仕留める程ですからね。


 その冒険者の中でもロンは頭ひとつ抜き出た存在で、リザの両親に迫ろうかという力量でした。

 確かリザの両親が盾役に徹し、トドメを刺したのがロンだったかしら。


 そのロンが片膝を折ってリザに対してひざまずきました。

 あらやだ、まさか、もしかしてまた求婚かしら?



「エリザベータ姫」

「――な、なんでしょう?」


 リザの声も少し上ずっていますね。

 これほどの美形ですからそれもしょうがありませんけど。


 しかしこんなにハンサムだったかしら。

 いえ、綺麗な顔をしていたのは覚えているのです。

 確か当時二十歳はたちくらい、この十年で大人の色気を醸すようになったせいかしら。



「ご両親のことは誠に申し訳ありませんでした。あの時、俺にもっと力があれば二人は……」


「――なっ、何をおっしゃいます! 貴方がいてくれたお陰で最低限の犠牲で済んだのです! 二人だってそう言って息を引き取ったのですから!」


 ……まぁ、そうでしょうね。そんな立て続けに人族の男がトロルの女に求婚なんてありませんわよね。


「貴女ならそう仰るとは思っておりました。アイトーロルの姫としてのお立場もありましょうから。けれど一人の少女の両親を助けられなかったのですから――」


「い、いえっ、わたくし個人としてもそう思っております! 謝罪など無用にございます!」

「――ならば、この俺を許すと……?」


「許すも何もありません! 貴方には感謝の言葉と――、と……、感謝の言葉しかありません!」



 緑のお肌でもよく分かる程にリザの顔が真っ赤ですわね。


 それと言いますのもね。


 リザの美醜に対する感覚が人族と同じになった原因。

 それはこのロン・リンデルへ恋心を抱いた事が発端だったのです!

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