第6話「試合と約束と」
アレク達がアイトーロルを離れた昨日と同様に、今日の午後もリザは広場近くのギルドに併設された訓練場で新人冒険者への戦闘訓練を行っています。
アレク達はもう四、五日は帰って来ないらしいとニコラ爺やに聞いたからでしょうね、リザも気兼ねなく戦斧を振るっていますよ。
今日のリザの装いは足首で裾を絞った紺色のパンツに白のブラウス、その上に軽い革鎧を左肩と胸部だけ付け、手には愛用の戦斧を模した木斧。
大体いつも通りの訓練着ですね。
「さ、次はどなたかしら?」
「姫、次は自分の相手をお願い致します!」
「……それは構わないのですけどカルベ、貴方は新米冒険者ではないでしょう?」
リザにカルベと呼ばれたトロルの殿方。
二十人ほどの新人冒険者がぐるりと作る円の中央に歩み出ました。
「ルーキー達に玄人同士の戦いも見せた方が良いと考えました!」
「確かに一理ありますわね。良いでしょう、おいでなさい」
円の中央、巨大な木斧を構えるリザに対し、穂先にしっかりと革布を巻いた、槍としてはやや短い手槍を構えたカルベ・ジロウ。
ニコラ爺やの「始め!」という合図を機にお互いに距離を詰めました。
ところでこのカルベ・ジロウというお名前ですけど、なんとなく
皆様お好きなんですってね。え、と、異世界転生? とか言うんでしたわね。
ですけど全然関係ないんですよ。
生まれも育ちもここアイトーロルの、生粋のトロル。当然ながら前世の記憶があるなんて事もありません。
なおかつジロウは名でなく姓ですしね。
カルベは総勢四百名からなるトロル
若くして隊長格に選ばれたのも、後進の育成だとか騎士団の若返りだとか、色々と理由があるにはあるのですけど、それにしたって大抜擢だったんです。
トロルナイツ団長のリザと隊長格のカルベ
「勝負あり!」
あら、私の雑談の間に終わっちゃったみたいね。
もちろんカルベも強いんですけど、何度挑んでもリザには一度も勝ったことがありませんの。
今度もやっぱりダメだっ――
「勝者――カルベ!」
って……ええ!? まさかのカルベ勝利ですって!
ごめんなさい。
確かにカルベの勝利の様ですけど、一体どうしたんでしょう?
「やっ……った! 遂に……遂に姫さまに……!」
「……参りました。言い訳のしようもないですわ」
あら、本当に実力でリザを負かしたみたいですね。カルベったら大金星じゃないですか。
しかしこれは、
「ひ、姫さま、その、じ、自分が勝ったので、あの――」
「ええ、約束ですからね。わたくしに出来る範囲で、貴方の願いを叶えますわ」
「な、ななななならば――、今度、自分とデデデデートを!」
まぁ、当然そうなりますよね。
さてリザの反応はどうかしら?
「分かりました。では今度のお休みが重なる日に――」
「ならん。認めぬ」
あら。あっさり認めたリザと違って認めない人が――、ってニコラ爺やですけどね。
「そりゃないっすよニコラ様! ニコラ様だって自分の勝ちだと仰ったじゃ――」
「黙れぇぇぃ!」
ビリビリと空気を震わすほどのニコラの一喝に、驚いて新人冒険者達が飛び上がりました。
そりゃぁそうです。
なんと言ってもニコラ爺やは――
「姫さまが認めたとしても儂が認めん! このトロル
――リザと並ぶ、この国一番の猛者の一人ですからね。
トロル
カルベにとっては直属の上司ですし、何を隠そうリザを鍛えたのもニコラ爺やですからね。
「そ、そんな事言ったって……、間違いなく自分が――」
「黙らんか! あんな試合で認められるかぁ! 明らかに姫さまはうわの空、そんな姫に勝ったとて誇れるものかぁ!」
ははぁ、なんとなく分かりました。
もちろんカルベは武力的には申し分ありません。
しかしトロルの中ではね、こう言っちゃなんですけど、
そうは言ってもあの勇者パーティのジン・ファモチと比べればバルクたっぷり。当然トロル故に長身なので、トロルにしてはどちらかと言えばスラリとした体型をしています。
もちろんお肌は緑、顔は割りと大きく顎も
それも、トロルにしては、ですけどね。
そのカルベと対峙して、顔だけすげ替えたかして成長したアレクを空想してぼんやりしちゃったんじゃないかしら。
なんだかんだ言って、アレクに求婚された事を意識しまくってるみたいですから。
「姫さまと貴様の約束は承知しておる。しかし先の試合では納得がいかん。どうしてもと言うならば、この儂を倒してからにせよ!」
ニコラ爺やがアツくそう言って、リザの落とした木斧を拾い上げ、
その身体からは目に見えそうなほどの気迫が立ち昇っているかの様です。
「爺や、お待ちなさい」
「姫さまは黙って見ておりなさい」
「――爺。私は''待て"と言っているのです」
「……しかし――」
ニコラ爺やに勝るとも劣らない気迫をもってリザが睨みつけました。
この気迫をもってカルベと対峙していたならば、万に一つもカルベの勝利はあり得なかったでしょうね。
「貴方の言い分もよく分かります。けれど真剣勝負に言い訳してもしょうがないでしょう。下がりなさい」
「……くっ――、
「ありがとう、爺や」
そう言って常と変わらない穏やかなリザに戻り、そしてカルベへと向き直り続けました。
「間違いなく貴方の勝利。約束は
確かリザとカルベのお休みは明後日。
アレク達が戻るまでにはまだ日がありますけど、大丈夫かしらね?
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