私は蝶になりたい⑨




「・・・よしッ!」


怖気付く自分に喝を入れ勇気を出して空き教室を出た。 やはり周りの目線は一依に集中した。


「あれって川原か?」

「変わり過ぎだろー。 誰だよ、あんなに綺麗になるスキルをかけたのは」


女子からの声は聞こえないが男子からの褒め言葉は聞こえてくる。


―――・・・やっぱりいいように見られていい噂されるのは嬉しい。


自然と口元が緩んだ。 急いで昼食を済ませるとほぼ同時に昼休みが終わる合図。 昼食をとっている時も一依のことを話している声が絶えなかった。

それも長期休み明けとかなどでも何でもなく、朝はまだ酷い化粧をしていて地味だったのだ。 それが一日のうちに変化していけば嫌でも目に入るというもの。 だがそのような声も突然止んだ。


―――・・・うん?


水を打ったように音が止まっていた。 異変を感じ皆の視線を追うとそこには小巻が立っていた。


「何みんな、どうしたの?」


小巻も自分が教室へ入ると同時に空気が静まったことが気になったようだ。 そこで小巻は教室全体を見渡し一依の姿を発見した。


「・・・アンタ」


小巻と一依の関係がよくないということは何となく周りは気付いていた。 だから一依が変身したことにより小巻がよく思っていないとすぐに察したのだ。


「アンタ、何調子に乗って―――」

「授業を始めるわよー」


表情を歪めた小巻が近付いてきたその時だった。 タイミングよく先生が入ってきてくれたおかげで小巻はそれ以上一依に近付くことができなくなった。 小巻は不満気に席へ着く。


「・・・あら? もしかして貴女、川原さん?」


先生が驚いた顔をして一依を見た。


「あ、はい・・・」


何を言われるのかドキドキした。 すると先生は笑顔になって言う。


「見違える程に美人になったわねぇ! 綺麗よー」

「ッ・・・! ありがとうございます!」


あまりの嬉しい言葉に声が弾んでしまった。 小巻から舌打ちが聞こえたような気がするが気にしない。


―――先生に褒められた。

―――・・・嬉しい。


今まで先生からは期待されないような目で見られてきた。 その分今の自分が認められた気がして嬉しかったのだ。 この時先生に褒められた一依を来人は嬉しそうに見ていたことに一依は気付いていない。

このまま気分よく授業を終えると早速とばかりに小巻がやってきた。


「一依。 ちょっと来なよ」


そう言って小巻と取り巻きの二人が教室を出ていく。 それにつられて一依も席を立った。


―――・・・どうしてだろう。

―――今は不思議と小巻さんが怖くない。


容姿だけでなく自分の心も変わってきていることに一依は気付いていた。 周りは“またか”といった表情で特に何も言ってこない。 呼び出されたのは誰もいない教室だった。


「アンタ、何してるの? これ以上目立つな、って言ったよね?」

「・・・」

「また来人くんに迷惑をかけたの? あれだけ忠告したのに何してんの!?」


声を荒げる小巻に向かって一依は震える声で言った。


「・・・私は何を言われても構わない」

「はぁ?」

「私は変わったの。 努力して変わった今の自分を否定させない!!」

「アンタ、何を言ってんの?」

「それに来人くんとは何もないって言っているでしょ。 小巻さんこそこれ以上来人くんに迷惑をかけないで」

「なッ・・・」

「私と来人くんは今日だけの関係で明日からはただのクラスメイト。 だから小巻さんの好きにしてくれたらいい。 告白でも何でもさっさとすればいいじゃない。

 そんな勇気もないからこうやって周りに嫌がらせをしているんでしょ?」


その言葉に小巻は顔を真っ赤にして近付いてきた。 そのまま片手を高く上げる。


「な、生意気ばかり言って!! アンタごときがアタシに盾突こうだなんて―――」


叩かれる、そう思い目を瞑ったその時だった。


「人を貶める前にまずは自分自身を見直すところから始めたらどうだ?」

「な、来人くんッ・・・!? どうして・・・」


振り上げられた手は来人によって止められていた。 小巻は全身を震わせながら後退していく。


「告ってもいないのに彼女面って有り得ないと思わないか? 悪いけど小巻みたいな奴は俺から願い下げだ」

「ッ・・・」

「そもそもアンタごときって言っていたけど、今は小巻よりも一依の方が外見も中身も何倍も綺麗って理解してる?」


そう言い切ると小巻は泣き出した。 小巻は今来人に見放されたのだ。


「ッ・・・! 来人くんの馬鹿ッ!!」

「あ、待ってよ小巻!!」


逃げ出した小巻を追いかける取り巻きたち。 二人きりになったところで来人に礼を言った。


「来人くん、ありがとう」

「何がだ?」

「私を助けてくれて・・・」

「別に俺は何も。 また水をかけられた時みたいに俺のメイクを台無しにされたらたまらないからな」

「来人くんが今来てくれたから私は叩かれなかった」

「なら俺が来たタイミングが丁度よかったんだな」


そう言って笑う来人。


「にしてもよくアイツらに強く言えたな」

「言い過ぎたかな?」

「どうして一依がそれを気にするんだよ」

「だって小巻さん泣いていたし・・・」

「今まで一依がやられたことと比べればまだ全然足りないくらいだ。 でもそれは今後一依が自分自身を磨いて見返してやればいい」

「自分自身で・・・」

「当然だろ。 俺は可能性を示しただけ。 それに向かって努力するかどうかは自分でしかできないことなんだから。 ほら、次の授業が始まるぞ。 今日最後の授業が。 行くぞ」

「・・・うん!」


来人を追いかけるように教室を後にしようとする。 だがドアを開けようとしたところで来人は立ち止まった。


「・・・来人くん? どうしたの?」

「俺は驚いたよ」

「え?」

「さっきは凄ぇカッコ良かった。 俺はきっかけを与えたに過ぎないのに、あれだけ成長するとは思ってもみなかった」

「ッ・・・」


そう言うと来人はドアを開け出ていった。 来人の後ろ姿を目で追いかける。 一依は自分が来人を意識し始めていることに気付いていた。



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