私は蝶になりたい⑧
「一依みたいに自分の身体に関してのスキルって珍しいよな」
「あ、うん。 でも折角メイクの勉強に来たのに何の役にも立たなくて」
「そうか? 俺が女だとして誰かにメイクしてもらうなら肌が綺麗な人にしてもらいたいと思うけどな」
「そうなの? 私はこのスキルを人にかけてあげることはできないよ?」
「それはそうかもしれないけど、肌が汚い人にメイクしてもらったら自分もそうなりそうって思うもんじゃないかな」
「・・・」
自分のスキルはハズレだとずっと思っていて、そんな風に考えたことはなかった。 そもそも元から肌質はよかったためスキルの効力もさほどない。
だが確かに昔は一依の肌を見て自分もそうなりたいと言ってくれていた人がいた。 他愛ない話をしているうちにメイクは終わっていた。
「よし、完璧」
満足気に来人は微笑むと手鏡を渡してきた。
「・・・見てもいい?」
「どうぞ?」
緊張で震える手を抑えながら鏡の中を覗き込んだ。
「わぁッ・・・!」
そこには今までに見たことのない自分が映し出されていた。 一依の肌質を殺さないよう丁寧に仕上げられていて、いわゆるナチュラルメイクというもの。
しかし自分でそれを試してみてこんなに上手くいったことはなかった。 どうしても化粧の角が立ってしまいアンナチュラルになってしまっていたのだ。
「これ、私?」
「一依じゃなかったら鏡に映っているのは誰になるんだよ」
「でも私、こんなに綺麗になったことがない・・・」
「スキルを使えばもっと上手くいくけどな。 それがスキルを使わない俺の素の実力っていうわけ」
謙遜するように言うが一依からしてみればこれ程綺麗にメイクされた自分は見たことがない。
―――私ってこんなに変われたんだ。
―――メイクをするだけでこんなにも人は変われるんだ!
「どうだ? 満足か?」
「うん! 来人くん、聞きたいことがあるの!」
「ん?」
「私も練習したら来人くんみたいに上手くメイクすることができる?」
「そりゃあ、もちろん」
「じゃあ今来人くんに教わったら今の通りのメイクを私もすることができる!?」
「え?」
「お願い! 来人くんのメイクを教えて!!」
「いやでも、一度に習得するのは大変だぞ? 手先の器用さも問われるしそれぞれが持っているメイク用品だって・・・」
「・・・」
目で自分の本気を伝えた。 それを来人も感じ取っている。 だが来人からしてみれば自分の技術は今まで培ってきたもので一朝一夕で身に付くものではないと思っている。
メイクセットもコツコツと貯め買い揃えた自分だけの宝物。 あまり簡単に言ってほしくないという気持ちが確かにあった。
―――折角今日という日を来人くんは与えてくれたんだ。
―――自分が綺麗になる日を今日だけにしたくない。
―――これからも自分磨きを頑張っていきたい!
一依の気持ちが伝わったのか来人は息を吐いて言った。
「・・・分かったよ。 自分が変わろうとする気持ちがあるのはいいことだ」
「本当!? じゃあメイクを落としてきてもいい!?」
「ちょッ、それは駄目だ!! 今俺が懸命にメイクした意味がねぇだろ!!」
ということで授業で使うメイク用のマネキンを持ってきてもらった。
「俺はメイクする前に一依の肌を触っただろ? 人の肌を触れば分かるんだ。 どのメイク用品が合うのか」
「だから触っていたんだ・・・」
「肌の状態によってメイクの乗りも変わるから重要だ」
「私に合うメイク用品を探す方法、教えてくれる?」
「いいよ。 つかコンタクトを探しに行くのと同時に一緒にメイク用品も探しに行く?」
「あ・・・」
そこで一依は小巻たちのことを思い出した。
―――・・・そう言えば来人くんに近付かないよう言われているんだった。
一依自身もこれから先も来人を頼るわけにはいかないと思っていた。 だから今来人にメイクの仕方を教えてもらうよう頼み込んだ。 来人との関係は今日で終わりにしたかったのだ。
「どうした?」
「・・・ごめん、買い物は私一人で行くよ」
「急にどうしたんだ。 俺は付き添わなくていいのか?」
「これも自分磨きのためだと思って! 自分に合うものを自分で探してみる!」
「そうか」
「でも今日のお礼はちゃんとするから」
一緒に出かけるのはマズい。 なら後日何か軽いプレゼントでも渡そうと決めた。 そうしてメイクの仕方を教えてもらった。 説明を聞きながら実践しメイクをしていく。
「なるほど、勉強になる・・・。 本当にありがとう、何から何まで」
「どういたしまして。 完全に俺流のメイクの仕方だったけど大丈夫?」
「うん! 何度も練習する」
当然ながらマネキンにもいきなり上手くメイクできるわけがない。 来人のように肌を触ってみても何も分からない。 それでも手がかりだけは掴めたような気がした。
前向きな言葉を聞くと来人は満足そうにしてメイクの入った箱を手に持った。
「変身は以上だ。 一依は十分綺麗になった。 もう昼休みが終わっちまうから早く昼飯を済ませておけよ。 また教室でな」
そう言って来人は空き教室を出ようとする。 あまりにもさらりとし過ぎた解散で戸惑ってしまった。
―――これで終わり?
―――もっと感謝の言葉を言った方がいいのかな?
―――十分に伝えたしこれ以上言っても鬱陶しがられるだけかも・・・。
―――でも最後に何か言わないと、どうしよう!
困っていると来人は急に立ち止まった。
「そうだ。 一依は今日盛一に告白するんだろ?」
「・・・え?」
思えばそうだった。 今が一依にとって一番綺麗な状態なのだ。 告白をするには絶好のチャンス。 だが今まで考えてもいなかったため心の準備ができていない。
「そう、だね・・・。 告白するのは今の状態が一番なのかもしれない」
「頑張れよ。 応援しているから」
「・・・あの、来人くん! 一つだけお願いしてもいい?」
「おう、何だ?」
「盛一くんに今日全ての授業が終わったら中庭へ来てくれるよう伝えておいてくれないかな?」
「いいけど俺が言っていいのか?」
「できれば今の状態は告白する時に初めて見せたいから。 ・・・それと今待ち合わせの約束をしておけば私も逃げられないと思ったから」
そう言うと来人は快くOKしてくれた。
「告白する前に俺が喝を入れてやるからな」
告白する前が来人と関わる最後の時間なのだろう。 来人の言葉で一依はそう思っていた。
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