私は蝶になりたい⑦




「え、来人くんがやってくれるの?」

「俺から言い出したんだから当たり前だ。 それとも何、一依が自分でやりたい?」

「・・・私は自分でやってこれだから・・・。 単純に他の人に頼むのかと思ったの」


ヘアスタイリングを先輩にやってもらったことからメイクもそうなのかと思っていた。 だが考えてみればメイクをすれば変身は完了。

そうなると言い出しっぺでもある来人が何もしないことになるし、来人はメイクをそもそも専攻している。


「俺に任せろ。 俺は一度教室へ戻ってメイクセットを取ってくる。 一依は着替えてメイクも落としてきてくれ」


ここで一度解散となった。 乾いたワンピースに着替えメイクを落とす。 すっぴんになった状態で全身鏡の前に立った。 髪と服装が昨日までの自分とはまるで違うのに顔だけはいつも鏡で見る自分だ。

華やかな花畑に雑草がぽつんと生えているように浮いてしまっている。


―――これから今以上に変身することになるんだ。

―――・・・思えばお母さんを除けば人にメイクなんてしてもらったことがなかったな。


緊張と不安が混じり合うが今は期待の方が勝っていた。 テレビなどでは見たことのあるシーンの主人公が自分なのだ。

待ち合わせしていた空き教室へ行くと来人は既に来て大きな箱を漁りメイク道具を選んでいた。


―――うわぁ、何あれ・・・。

―――私のメイクセットなんて筆箱くらいの大きさしかないのに来人くんの大きさはその何十倍・・・。

―――黒くて艶があって、まるでおせちのお重みたい。


来人のメイクセットは救急箱のような箱で開くと段になって現れるようになっている。 金色の龍の意匠が男らしさを表しているのかかなり目立つ。

だがその中に入っているのは女子が使っているものと何ら変わりのないもの。 たくさんのメイク道具がありキラキラと輝いているその姿はまるで宝石箱のようだった。


「・・・来人くん? どうしたの?」


来人はメイクセットを見ながら真剣な表情をしていた。


「いや、メイクをする前に眼鏡を外してもらうんだけどさ。 一依の眼鏡って結構度が入ってる?」

「まぁ、それなりに・・・」

「俺もコンタクトだから俺のが合えば新品のをあげようと思ったんだけど・・・」

「来人くんも目が悪いの?」

「あぁ。 度が入ってるカラコンをしている」

「そうなんだ。 やっぱりお洒落な人はカラコンだよね・・・」

「カラコンに興味ある?」


楽し気に来人が聞いてくる。


「す、少し・・・。 でも私、コンタクトなら持っているから」

「マジで? じゃあそれを付けてきてもらおうかな。 カラコンは今度一緒に買いに行こう」


自然と先の予定まで立てられ嬉しく思う。


「つか、コンタクトを持っているなら眼鏡を外せばいいのに」

「コンタクトをしていると目が疲れやすくて。 授業を受ける時はやっぱり眼鏡があった方が安心感あるかな」

「ふーん。 まぁ何となく分からなくもないけど」


そう言いながら来人は近付いて一依の眼鏡を取った。 すっぴんが強調され恥ずかしくなる。


「コンタクト、付けてこいよ」


来人は一依のすっぴん顔に何も触れることなくそう言った。 コンタクトを付けると空き教室へ戻った。


「おう、ここに座ってくれ」


既にセットされている椅子に座る。 身を任せるように目を瞑ったその時だった。


「ッ・・・」

「悪い。 手が冷たかったか?」


一依の頬を包むようにして触られ驚いてしまった。 だがメイクするのに触らないわけがないのだ。


「ううん。 びっくりしただけ・・・」


そう言うと来人は一依の頬を優しく擦り出し驚いた顔をした。


「凄ぇな。 一依の肌、めっちゃすべすべじゃん」

「あ、うん・・・」

「もちもちして柔らかい。 こんな最高の肌の持ち主だったんだな」

「いや、あの、スキルの力もあると思うんだけど・・・」


最近は仲のいい人と関わることがなかったため肌の話題にすらなったことがなかった。 久々に肌を褒められるとやはり嬉しい反面気恥ずかしい。

もっともメイクをするのにここまで肌に触れる必要はないため、何らかのスキルに関係しているのかもしれない。


「ここまで質がよければそのよさはできるだけ残して生かしたいよな。 つか、ファンデーションの類は必要ないかも」


そう言いながらメイクを開始した。


「一依がこんなにいい肌を持っていると知ったら周りはきっと大騒ぎだぜ」


楽しそうにメイクをしていく来人。 その丁寧さに一依は気付いた。


「・・・もしかして来人くんも今スキルを使わずにメイクをしているの?」

「ん? そうだけど」

「どうして?」


純粋な疑問だった。 自分たち学生はスキルを得て学ぶために専門学校へ来ているのだ。 だが来人は躊躇わずにこう返した。


「スキルはあくまで補助的な役割でしかない。 手早く簡単で綺麗に仕上がるけど、それはあくまで完成品はチェーン店のレベル。

 本当に本物を作ろうと思ったら人が自身の技量を磨いて手をかけるしかないんだよ。 それが分かっていないアイツらは所詮その程度のレベルっていうわけだ」

「アイツら・・・」


アイツらとは小巻たちのことだと悟った。 同時に来人はスキルに頼らず本当の自分の実力で勝負しているのだと気付くことができた。



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