【妖怪上司】
「ここはこうしました」
と言ったら、
「なんで聞かなかった?」
って言う。
「これってどうすれば良いですか?」
と言ったら、
「自分で考えろ」
って言う。
「何度でも聞け」
と言ったかと思えば、
「こないだ教えたよね?」
って言う。
上司でしょうか。
いいえ、妖怪の仕業です。
***
とある会社のとある部署で働く私は、上司と世間への皮肉を文章に込め、SNSに投稿した。
「これは何かしら?」
なぜかそれが直属の上司に見つかってしまった。
退勤後に彼女に呼び出され、そのまま飲み屋の席である。
「なんですか、それ。標語ですか?」
「そのようね。遊び心に富んでいて面白いわ」
どうしよう。彼女の目、まるで獲物を見据えたタカみたいにきりっとしてるんだけど。
「そうでしょうか。上司への敬意に欠けていて、投稿者の浅はかさがにじみ出ているようですけど」
苦し紛れに感想を述べる私。彼女、私のアカウントなんて知らないはずだ。個人を特定できる情報を流した覚えも無い。
「確かに浅はかかもしれない。それは否めないわ。でも、鋭い指摘とも言える」
私を見るタカのような目つきが、今度は遊び道具を見つけたネコ科の動物のように変わった。
「これを書いたのはあなたでしょう?」
決定的な一言に心臓が跳ねる。
「部下のSNSの把握も、上司の仕事のうちなの」
彼女はそう言うが、社内の人間にアカウントを教えた覚えはない。
まさか、いつもコメントをくれるあの人?
「それにしても、今度上映される「マジカルコレクターさゆり」、楽しみね」
「え、ええ、まあ、はい」
「あと、来月発売の「転性しても女が好き!」の新刊も」
「うっ、そ、そうですね」
間違いない。
「もしかして先輩、十聖天使テルミ十さんですか?」
それは、SNSでの私の投稿に、いつもコメントをくれる人のアカウント名だ。
「うふふ。どうかしらね」
言外に、そうである、と言いたげである。
「どうしてそう思うのかしら」
「今のは誘導では?」
「あら。何のことかしらね」
妖艶な微笑を浮かべる彼女も、SNSでの活動はお忍びということなのだろう。
いつもサブカルな投稿をしているからなあ。
「さておき、隠すなら、もっと上手に隠さないと」
「あっ」
女上司は私のポーチを指して言う。
推しのグッズを「これでもか」と言わんばかりにあしらったポーチ。
沢山のキーホルダーや缶バッジによって、痛車のような存在感を放っていた。
「それ全部、あなたの好きなキャラクターよね」
「はい、そうです。投稿の件、浅はかでした。すいません」
「いいのよ。上司の私が悪いんだし」
「……」
気まずい空気が流れる。
それにしても、と上司は続ける。
「なぜ、妖怪だなんて思ったのかしら」
いよいよ地獄の尋問パートに突入か。
「ふ、普段はすごく優しくて、丁寧なのに、そうじゃないことがあるので」
「ことがあるので?」
食いつくように話の続きを促してくる。
私はまるで、蛇に睨まれた蛙みたいに動けない。
「その、妖怪的なものにとり憑かれているんじゃないかなって」
「ふうん」
上司は
「……ごめんなさいね」
数十秒にわたる熟考の上、その口から漏れたのは謝罪。
「私、ちゃんとした上司を演じようとしていたんだけど、ダメだったのね」
「え? いや、その」
突然弱々しい態度になった彼女に、どうしたものかと慌ててしまう。
「いつもは優しく丁寧にを心がけているのだけれど、余裕が無くなるとすぐに本性を
「あ、そういう時って誰にでもありますよね~」
下手くそなフォローは通じず、
「ごめんね、上手くやれてなくて。……うっ、ううう」
おいおいと泣き出してしまった。
「あ、いや、あの、その……と、とりあえず飲みましょう!」
「う、うん。私、人に言える程、器用じゃないね。ごめんね、ごめんね……」
まずは生ビールを2杯頼み、人が変わったように泣き出した彼女を慰めることにした。
***
「今日は、付き合ってもらってごめんね」
その後、夜も深まり、きりの良いところでお開きに。居酒屋の入り口にて別れの挨拶を交わしている。
「いえ、どうして謝るんですか!」
泣き出した彼女を慰めているうちに、趣味や恋愛の話、他にもいろんな話で盛り上がった。
上司も同じ人間で、実は優しい人なんだ。
人間味にあふれる所に、逆に親近感がわいた。
ちょっとだけ、先輩のこと好きになっちゃったかも。
「こちらこそ、浅はかなことをしてすいませんでした。今後は気を付けます。御馳走していただき、ありがとうございました」
「ふふふ、いいのよ。でも、他の人には秘密にしておいてね。お互いに、上手くやっていきましょう」
そう言った彼女は突然、私の頬に顔を寄せ――
ちゅ。
柔らかいくちびるの感触が頬に伝った。
「えっ」
「うふふ。口止め料ってことで」
何が何だか分からず呆然とする私を置いて、彼女は歩き去って行った。
「……ずるいですね、先輩」
頬に手を当て、残る熱を感じながら彼女の背を見送る。
「……」
街灯に照らされながら歩き去る先輩の姿に、目が離せなかった。
「……口止め、って、そう言うことですか」
だって彼女の足元には、影が無かったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます