【おふたりさま】後編

 それからいくつもの質問をしたが、どんな質問にも即答されてしまった。


「本当に守護霊なのか……」


 グラスの水をごくりと飲んで、質問し過ぎて乾いた喉を潤す。

 飲めないことは無いが、ちょっと変な味のする水である。かれこれ5杯目くらいだ。


「そろそろ信じてくれました?」

「信じるしかないのかもな」


 荒唐無稽であり得ないとは思うが、僕しか知りえない情報をこんなにも知っている時点で只者では無いだろう。


 こんなに僕のことを想ってくれる人が、近くにいてくれたなんて。


「……信じてくれて、嬉しいです」


 優しく笑う彼女の、温かなまなざしが僕を捉えている。

 それは母性に満ち溢れていて、慈愛に富んでいて。

 それでいて、どこか子どものようにあどけなくて。


「……可愛いな」

「えっ!?」


 気づけば僕は、彼女の顔にかかる前髪を掻き分けていた。


「綺麗で、可愛い」

「えっ、ちょ、ちょお!?」


 照明の光が彼女の顔を照らし、陶器のような美しい白い素肌が露わとなる。


「もっと君のことが知りたいな」


 つやつやした桜色のくちびるは、うっかりキスしてしまいそうになる。 


「……ちょ、ちょっと待ってください」


 しかしその行為は、彼女の柔らかな手の平に遮られた。


「私、言わなきゃいけないことがあるんです」

「……?」


「私、守護霊辞めます」

「え?」


 思わぬ発言に、心がざわつく。


「だって、私のせいで、あなたは彼女さんにフラれてしまいました」

「……」


『他の女の影を感じる。あなたとはもうこれっきりね』

 ――元カノの最後の言葉だ。


「守るどころか、実害を与えちゃってます。守護霊失格です」

「……」


 そばにいない方が、僕にとって幸せなんじゃないか、と。

 どうやらそう言いたいらしい。


「幽霊のくせに実体化なんてしちゃうし。これじゃあ、近くに居たら、邪魔でしかありませんよね」


 悔しそうに歯を食いしばり、とうとうと語る。


「……これ以上一緒に居たら、また同じ失敗をしちゃいます。私にもう、あなたのそばにいる権利なんて――」


「うるへー!」

「!?」


 突然、彼女の話が遮られた。

 

「権利が何ら! 一緒に居たいなら、一緒に居ればいいじゃないか!」


 他ならぬ、僕の声だった。

 自分とは思えないほど、舌が回っていない。


 たったったと足音が聞こえてくる。


「あ、す、すみません。お冷と間違えて、焼酎出してました!」


 様子を見に来た店員さん曰く、どうやら僕が水と思って飲んでいたのは焼酎だったという。

 焦る守護霊の彼女が僕に問う。


「よ、酔ってますよね……?」

「よっぱらってな、ないよお!?」

「完全に酔っ払いのセリフじゃないですか!」


 酔ってないと信じたい。


「……ほら、こうやって、せっかくの晩酌を台無しにしてしまいましたし」


 彼女は再びしょげかえる。

 いや、この際、お酒の勢いも借りて言ってしまおう。


「なに、言っれるんだ。僕は、楽しかったぞ!」

「へ……?」


「君みたいに一途で、きれえで、可愛くて、スタイルも良くれ、気が利ひてて、さりげなく助けれくれる……そんな素敵な人と話せてすごおくたのひかった!」


「そ、そんなこと、ありません……」


「そんなこと、ありゅっ!」


 声が大きかったのか、他の客の注目が集まる。


「なんだなんだ?」

「告白?」

「おっ、お熱いねえ」


 今の僕にはそんなこと知ったこったない。


「僕はねえ。ばかだった。こんなに僕を想っれくれる人が、ずっと近くに居たのに、気付かなかっら」


「そりゃあ、守護霊ですから、普通は透けてますからねぇ……」


「関係なひ!」


「ええっ!?」


「愛に幽霊も人間も、関係なひ!」


「……」


 そうだ。この子が、そうだったように。


「次は、僕が君を守りゅ」

「!」


 そう言うと僕は、彼女の両手を取った。


「結婚してくらはい」

「えええっ!?」


 うっかりプロポーズしてしまうと、周囲から歓声が上がった。


「おおっ!?」

「ひゅーっ!」

「兄ちゃん、やるねぇ!」

 

 気が大きくなっている僕は、どうもどうも、と彼らに手を振る。


「いや、私、幽霊ですって!」

「関係なひ!」

「しかも、ダメダメですし!」

「関係なひ!」

「んもーっ、聞いてます!?」


「君がどうあれ、僕は君と居たい!

 罪の意識を抱いていると言ふのなら、その責任を取っへ、僕と一生一緒に居らさい!」


 ついぞ言い切ってしまった。


「……暴論」


 ぼそりと言うと、彼女は「店員さん、私にも一杯」と言って、すぐに焼酎のグラスを受け取り、ごくごくと飲み干した。


「……ははは。おもひれーおんな」

「もう、知りませんからね?」


 ぐでぐでの僕の顔を、彼女は両手でしっかり固定して――


 ちゅ。


 人目も憚らず、熱い口づけをした。


「「「ひゅ―――ッ!!!」」」


 歓声を上げる客らと、慌てふためく店員。


「す、すみません! つ、続きは他のところでやってもらえますか!?」


***


 それから数年後、僕らは守護霊と人間という障壁を乗り越え、生涯寄り添うことになった。


 これまで紆余曲折あったが、今では3人の子宝に恵まれ、充実した結婚生活を過ごしている。


 僕は本業の傍らで漫画家を始め、彼女との物語を「僕の彼女は守護霊です」という作品にして世に出した。世間には大ウケ、今後はアニメ化を控え、ドラマ化の話まで持ち上がっている。


「あなた。昨日の話、好評みたい」

「本当か?」


 僕の彼女は守護霊です、略して「かのしゅご」はひとまず完結。今は続編となる「僕の妻は守護霊です」、略して「つましゅご」を連載中の身だ。


 近頃流行りのウェブトゥーンという形式で、複数の漫画アプリに掲載させて貰っている。ありがたいことに、多数の読者から好評を得ている。


「……うふふ」

「どうした?」


 守護霊の彼女――妻が、スマホに映るマンガを眺め、優しく微笑む。


「あの時を思い出しちゃって」

「……ああ、居酒屋の日か」


 今思い出してもひどいプロポーズだったと思う。

 ぐでぐでに酔っ払い、いきなり結婚だなどとのたまうだなんて。


「でも、あの時の言葉は本当だからな」

「『愛に幽霊も人間も、関係ない、君がどうあれ、僕は君と居たい!』……ってやつ?」

「やめてくれ。一言一句覚えてるじゃないか!」

「忘れてやらないからね~?」


 顔を見合わせて、くすくす、ははは、と笑い合う。


「おかーさん、マンガ読ませてー!」

「わたしもよみたいー」

「あうあうー」


 3人の子供たちがリビングではしゃぐ。


「ほらほら。慌てるな」

「そうよ。お父さんが沢山マンガ持ってるんだから、皆で分け合って読みなさい」


 優しく声をかける妻を見て、自分の口角が無意識に上がっていたことに気付く。


「あら、作業に戻るの?」

「ああ。なんだか、やる気が沸いてきた」


 ぐーんと伸びをして、リビングのソファから立ち上がる。


「次の話も、楽しみにしてるね」

「おう!」


 さて、アイデアも降りてきたところだし。


 物語の続きを描くとしよう。

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