04 the city and its tower

 天上から垂れて来ているその糸は、何色に見えているのだろう。

 少年がそう思ったのは、糸が何色もの彩りを帯びていたからだ。


「きみはどう思う」


 そう問うと、イィサは、こう遠くてはよく見えない、ただ、幾本かあるのだろう、と言った。


「あと……れているようにも見える」


 いずれにしろ、あれこそが、この不可思議な世界の謎の鍵だと思われる。

 そう、文字どおり、糸口だ。


「行ってみる」


 あれこそが、世界と世界を繋ぐ、糸だ。

 イィサに、一緒に来るか、と聞いてみると、


「糸のところまでは、一緒に」


 どちらかというと、世捨て人のように、アスファルトと(たぶん)少年のこと以外は無関心だったイィサにしては、珍しい決断だ。

 ……と、この時の少年は思った。



 途中、街の中を通過していった。

 街は混乱していた。


「一体、何が」


「What`s happend ?」


「対不起? 対不起!」


「Oh la la ! 」


 何だ、これは。

 今まで、気にも留めなかったが、言葉が乱れている。

 これまで、スムーズに意思疎通できていたことが、嘘のようだ。


「行こう」


 イィサが、まるで紅海を渡るモーゼのように、混乱する人々の中を突っ切っていく。

 少年は、そのあとを必死に追って行く。


「あの人たちにも、糸が」


「見えている、みたい」


 人々が不安がるのは、どうやら「元の世界」へ戻されることらしい。

 それが、この恐慌状態を呼んだのか。


「何で」


「共通の行動様式に、共通の生活様式。そして何より……共通言語」


 それらが失われること。それが恐ろしいらしいと、イィサは結論づける。

 だがそこで、少年は疑念を抱く。


「……きみは、怖くないの?」


「……貴方は?」


 反問は、答えられないことの証なのかもしれない。

 人々の奔流が押しよせる。

 さまざまな言語が飛び交う。


「the city」


「the city and its tower」


「balal」


「מִּגְדָּ֑ל בָּבֶ֔ל」


「𒁀𒀊𒅋𒌋」


 もしかしてこの街とあの建物のことを言っているのか。

 それにしても無茶苦茶だと思いつつも、少年は考えた。

 共通の言語が失われる恐怖。

 何故それがそんなに怖いのかは置いといて、あの「糸」が何故それを引き起こすのか。

 思い出せ。

 イィサは波だったが、自分は糸だった。

 この街に来たのが。


「つまり、あの糸はこの街と外の世界を繋ぐ糸。外の世界……異世界と繋ぐ糸。異世界と繋がるということは」


「そう、正解」


 イィサが宙に浮いていた。

 少女のような顔だが、少年のようでもある。

 そんな、容貌をしたイィサが宙に浮いていると、まるで……。


「……天使」


etherの使い、あるいは、そういう意味の名前だったかもしれない」


 役割は与えられたが、設定は忘却させられた。

 そんなイィサが導く。

 彼女イィサは、自身がそう言うように、etherの使いだったのか。

 だとすれば、とは何なのか。

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