03 ether

 それから、「行き交う人々」とも、少しずつ、会話するようになった。

 彼らもまた、実は、どこかから来た人たちだった。

 ふだんは、別の場所で煉瓦を作ったり、アスファルトを採取したりしていた。

 みんな似たような、砂漠の民の、性別がはた目には分からない衣装をしていた。

 最初は、言葉が通じないのではないか、と思っていたが、話してみると、同じ言葉で返事が返って来た。

 当たり障りのない会話ばかりだったが、それでも皆、一様に「なぜ、ここthe cityにいるのか」という漠然たる思いを抱いていたようだった。


「――だが、それも最初だけだ」


 そういうことを、言う人もいた。


「最初だけだ、じき、慣れる。そうして、ただここに居るだけで、時折誰かと何がしかの会話をして、過ごす。そういう生活になる。じき、慣れる」


 むしろ微笑みすら浮かべ、彼は去って行った。

 満足している。

 そんな様子だった。


「じき、慣れる、か……」


 もし、この街を作った者がいるならば、聞いてみたい。

 これで満足か、と。

 そういえば元の世界で、仮想の街を作って遊ぶゲームがあったような気がする。

 この街は、そういうゲームの、ひとつの舞台ステージなのかもしれない。

 少年はまだ、仮想現実ヴァーチャルリアリティという考えを捨てられずにいた。


「しかし、街づくりがテーマ、というにしては、あまりにも……」


 この街はとし過ぎている。

 もっと、街を作り、発展させていくというのなら、店や施設などがあってもいいはずだ。

 しかし、どこも同じような建物ばかりで、かろうじて、イィサや少年が携わっている建物が、唯一、高さを持っているような気がする。

 そんな街だ。



「the city、という名に、意味があるのかもしれない」


 そう言っても、イィサはを左右に動かしたままだった。

 特に、振り向きはしない。

 だが、会話には応じているように感じる。

 元の世界でも、端末片手に顔を向けずに会話していたから、これでも「聞こう」という態度なのかもしれない。


「意味?」


「そう。たしかに、ええと……語としては、シンプル。街、という意味合いだけど」


 theと冠しているところから、何かを指し示しているのではないか、と思う。

 ここから、何か思いつくかもしれない。


「the……『例の』とか、『あの』とかで使う、定冠詞。ここで、『例の』なんていう表現をするモノとは……」


 思考はめぐる。

 イィサのがとまった。


「そういえば……」


 イィサが振り向いている。

 何かに驚くような表情をしている。


「そもそも、the cityって、だっけ……」


 何を今さら、と少年は思ったが、そこで愕然とした。

 少年も、それが、か、思い出せなかったからである。


「…………」


 それでも思い出そうとする少年が天を仰ぐと、そこには、何かが見えた。


「糸……」


 糸は、天上から垂れて来ていた。

 そう、見えた。

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