02 asphalt

 イィサは「the city」に着くと、さっそく仕事を始めた。

 建築である。


「アスファルトを用いて、煉瓦を固め、この街the cityをより広く、より高く作っていく……そんな仕事」


 誰に言われたかは、記憶にない。

 今、この「the city」――いかにも砂漠の街、といった感じのこの街――を行き交う人たちも、何がしかの会話をしているが、それも意味を成して来ない。

 きっと、その中の何者かが、そういう指示を伝えに来て、そしてその「行き交う人たち」に埋没していったのだろう。

 そんな気がした。


「貴方も、そうする?」


 少年は、そうすることにした。

 なぜ、こんなところに来たのか。

 どうして、こんなところに来させられたのか。

 それは分からない。

 けれども、「行き交う人たち」ではなく、それと認識できるイィサと一緒にいた方が、まだマシな気がする。


「そうする」


 そう答えた瞬間、「行き交う人たち」が一瞬、少年とイィサを見たような気がした。

 薄気味悪い、と思いつつも、その反応から少年は、先ほど抱いた、この「the city」に対する考えをより強いものにした。



仮想現実ヴァーチャルリアリティ?」


「そう。イィサ、君もこの『the city』、何か変だと思わない?」


「…………」


 大体、ネーミングからして変だ。

 適当なようであり、あるいは無個性であることを主張するようである。

 少年は、「本物以上」と感じた、アスファルトから、そう疑念を抱いていた。

 そのアスファルトにしてからが、どこからか「取れた」アスファルトがやって来て、イィサと少年は、それを煉瓦と煉瓦の接着に使い、建物を建てていた。

 もう、そうしていて何日もなる。

 何日も、という表現をしているが、正確には覚えていない。

 朝が来て、昼が過ぎ、夜になるという「一日」は、少年が元いた世界と一緒だが(その「元いた世界」の認識も、あやふやになりつつあるが)、何しろ時計やカレンダーがない以上、カウントが正しくできないでいた。

 しかし、食事や睡眠、排泄をしたという記憶が無いのだ。

 そこからも、この世界が仮想のものだという疑念を深めていた。


「……だとしても、どうだというの」


「……それは」


 仮想の世界に囚われている、という感覚はない。

 建物を建築する作業に従事することも、特に強制されているとは感じない。

 やらなくても、特に罰せられるということはなかった。

 何というか、暇だろうからと与えられた作業のような認識だった。


「……元いた世界が、戻るべき、あるいは戻った方が良い、そんな世界だと思うの?」


「…………」


 そんな保証はない。

 どこにもない。


「大体、元の世界に戻る方法とやらが、あるの?」


 黙りこくった少年に、イィサは歎息して、自らの考えを語った。

 もしかしたら、時間を遡行してここthe cityに来たのかもしれない、と。


「だって、この砂漠といい、この街のあり方といい、何か古代の街に来ているような気がする」


「でも、そうすると、食事や睡眠の記憶が無いのは……」


「記憶が無いだけ。しているかもしれない」


 「行き交う人々」が距離を置いているのも、「よそ者」だからであって、変に触れるのを警戒しているだけなのかもしれない。

 「the city」と記されているものも、よく考えたらそう見えるだけで、何かの古代文字が記されているかもしれない。


「……結局、疑うだけ、きりがない」


 イィサとしては、現状、この状況に不満はなく、これが何かので起きているとしても、特段に糾弾するような罪状はない。


「生きていられる。特に害を与えられているわけでもない。たとえここが仮想現実、古代の時代、あるいは異世界だったとしても、とりあえずは現状維持でいいのでは?」


「…………」


 こういった場合、何がしかの良くないことが起きたりして、脱出するのがパターンだと思うが、そういう「良くないこと」がまるで感じられない。


「分かった」


 少年は歎息して、を握った。

 アスファルトで煉瓦を固める作業は、シンプルのように見えて、いろいろと工夫がいる作業だ。気に入っている。

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