繋ぐ糸の色を教えて

四谷軒

01 the city


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 少年はその糸をたどっていた。

 糸の色はよくわからない。

 ただ、その糸を――まるで幼児が紙上に描いた線のように、細い、られたような、ともすれば何本もあるかのように見える糸を――たどっていた。

 少年の名はわからない。

 わからないから、少年と記述されている。

 少なくとも、十代前半ではあろう。

 なぜ、糸をたどっているのか。

 いったい、どこから来たのか。

 そして、どこへ向かうのか――。


「あ」


 少年が、声を落とした。

 糸の「先」が見えてきた。

 一本の糸、一本の線の「先」は、何もない、白い空間だった。

 そういえば、今、糸をたどっている空間もまた、白いような気もするが、ともかく、「先」は白い空間だった。

 少年はその中に飛び込む。

 伝っていく先に、あるいは、伝っていくことこそが。

 その糸をたどっているものの、やることだという、奇妙な認識があった。

 では、この糸は、何なのか。

 この、色すらもわからない、この糸は――。



「…………」


 荒漠たる砂地、それを砂漠というが、少年はその只中ただなかにいた。

 しかし砂漠ばかりというわけでもなく、遠くを仰ぐと、何か、街のようなものが見えてきた。


 the city


 ……そういう名称が、街の、門のような場所に掲げられている。

 ここは、一体どこなのか。


「とにかく、這入はいるか」


 わざとらしく発言して、少年は門の中へ入った。

 気がつくと、何かサンダルのような履き物を履いている足の底から、ごつごつした感触が伝わって来る。

 アスファルトだ。

 そう思うと、歩くたびに、足底から、本物のアスファルト以上にごつごつとした感触が踏み心地を感じた。

 そうして歩いた先に。


「誰かいる」


 不思議なことに、他にも人々がいるはずなのに(見えてはいた)、彼らは少年のことを気にせず、少年もまた彼らのことを気にならなかった。無視しているのかもしれない。

 だが、その「誰か」は気になった。

 「誰か」は、まるで砂漠の民のような、大きな布を何枚も巻きつけたような衣装をして、立っていた。

 そういえば、少年自身も、いつの間にかそんな恰好をしている。

 少年は、「誰か」の前に立った。

 「誰か」は中性的な容貌で、年の頃は少年と同じ。


「……貴方は?」


 そう言っているように思えた。

 何かの言語。

 そう思ったが、今は必死で、少年は二言三言、「誰か」との意思疎通に努めた。

 そうこうするうちに、不思議なことに、だんだんと、徐々に「誰か」との会話が成立し始めた。


「……それで、貴方、名前は?」


 その声から、「誰か」は少女だと知れる。

 厚ぼったい砂漠の民の衣装からは分からなかった。

 少年は、名はない、いや、わからないと答えると、少女は「そう」とつぶやいた。

 逆に少年が名を問うと「イィサ」と名乗った。


「……本当の名前はちがう。何か、そんな言葉を覚えていただけ」


 しかし、他に適当な言葉を覚えていたり思いついているわけでもなく、イィサはそのままそれを名として使っている。

 それを聞いた少年は、イィサを他の人々とちがって、「誰かいる」と認識できたことに、ある考えを思いついた。


「もしかして君は、ここではない、どこかから来たのでは? たとえば、糸のようなものをたどって」


 イィサは首を振った。


「ちがうのか」


 少年は落胆したが、イィサは、どこかから来た、ということ自体は合っていると告げた。


「じゃあ、なんで」


「わたしの場合は、糸ではなかった」


 何か、波のようなものに乗って来た、と言った。

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