第2話 やっと見つけた
○
あまねく生と死を司る存在にして、迷える魂を導く女神様がいました。
女神様は慈愛の眼差しでもって常に人の世を見守っておられます。
あるとき、若くして生涯を閉じた少女を不憫に思った女神様は、その少女に新たな生命を賜わりました。さらに、女神様の祝福はそれだけではありませんでした。
どうすれば、第二の人生がより良きものになるだろうか。
少女を思い遣った女神様。そうして、答えを見つけられました。慈悲深き掌から少女に託されものは、船出の切符でした。
星の海を超えて、船はあなたを運ぶ。向かう先は、未知なる希望の広がる大地。
きっとあなたは幸福を得るでしょう。
いつだって、女神様はあなたを祝福します。
さあ、お行きなさい。
少女は感謝の気持ちを述べました。
「と、とにかく困ります! 私、」
「えいやっ」
……。
……さて。
かくしてフゥロ・ナルメリア改め
○
高校入学初日、クラス内の自己紹介はまだ続きます。
失敗に終わり後悔を苛む只中の成宮も、これには耳を傾けようと心がけます。自分の番が回ってくるまでは緊張しっぱなしで、前の人たちの言葉を全然聞けていませんでしたからね。
藤島さん、松浦さん、水瀬さん、薬師寺さん。みな一様にこの世界らしいスタンダードな可愛い女子生徒たちです。無難かつにこやかに自身をアピールします。成宮とは大違いです。またも成宮は心に矢を受けます。
そしてトリを務めますのは、
奇しくも彼女との出会いが、成宮の第二の人生に新たな風を吹き込みます。
「どうも。綿貫
右隣の席ですっくと立ち上がった少女、綿貫さん。
身長は成宮と同じくらい、平均よりやや小柄でしょうか。流麗なツインテールが目を引きます。ツインテールに違わぬ可憐な表情は自信と愛嬌に彩られていました。成宮の受けた第一印象は、
――きらきらしてる。
綿貫さんは言いました。
「えっと、まずはそうですね、制服が可愛いなーと思ってこの高校を選びました! 入学できてとても嬉しいです。とか言って、私なんてまだ服に着られてるだけ、みたいな感じなんですけど。あはは」
成宮はそっと視線を下ろし、我が身を振り返ります。
夜空のような藍色を基調とした、天つ星女子のブレザーの制服。着慣れていないし、相応しいとも思えない。ここにいる誰よりも、着られているだけでした。
「マンガとかアニメが好きなので、そういう話ができたら嬉しいです。入る部活とかは決めてないんですけど、最近のマイブームは――」
すっと言葉を切る綿貫さん。明るい声が急に止まったものですから、やおら成宮だけでなくみなの注意を引きつけます。
それから綿貫さんが中空に右手を差し伸ばします。と思ったのも束の間、ポンッ! という破裂音が響き、共に灰色の煙が勢いよく噴き上がりました。
――ひっ。
誰かが驚きの悲鳴を漏らし、立ち籠めた煙が晴れるまではわずかな刹那。
その刹那の後、渦中の綿貫さんの右手には、先ほどには無かったはずのある物体が留まっていました。それは白い鳩でした。
「マジックでした! じゃじゃん!」
最近のマイブームの説明をリアルタイムで進行させ、過去形の文章で締めくくるという偉業を綿貫さんは成し遂げました。偉業を誇る満面の笑みでした。
そんな歴史的瞬間を目の当たりにした天女(天つ星女子)の皆さんはと言えば、
「……」
引いていました。静まり返っていました。十代女子にこのサプライズは重すぎました。引きつけられては、引いていく。寄せては返す波のようです。
「綿貫」
と、呆れた声を発するのは先生。
「教室に生物を持ち込むな」
「安心してください! これはぬいぐるみなので!」
「あと火気厳禁だぞ」
「だ、大丈夫です! 火とか出ないアレですからっ!」
「どういうアレか言ってみろ」
「マジシャンに酷なこと言わないでくださぁい……」
さっきまでの堂々たる振る舞いもどこへやら、しゅんとしょげ返る様子はまるで叱られた子犬のよう。
そのギャップに、クラスの誰かがくすりと笑みを零します。祝福よりは慈悲に近い、けれど確かな喜と楽であるそれは、瞬く間に伝播して教室中を包み込みました。ぱらぱらと拍手も浮かびます。波は返ってくるものです。
「みんな、ありがとう! えへへ」
何より本人が最も満足げです。
「……今日だけだからな」
先生の渋い顔もかくに、綿貫さんは危機を脱しました。これぞ脱出マジックというやつでしょうか。いえ、違いますって。
なんていう冗談も、現代の基本的な知識と教養のある方であれば、にやりとしてもらえること請け合いでしょう。しかし、ここにいる成宮という少女を相手にしては、そうは問屋が卸しません。
――マジック = 魔法 ……!
成宮の元いた世界にあって、この世界では空想の産物として扱われ、存在しないと思われていたもの。それが、魔法。
やっと見つけた、と成宮は息を呑みました。
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