第38話 日渡瑠璃④-2
「――ん」
仏頂面で、彼は風船を突き出してきた。受け取れ、とそう意味かと思ったけれど、どうやら違っていたようで、彼は足元に置いてあったサラダ油のついたティッシュが入っている袋から一枚を取り出し、薄く風船に油を塗り着けた。そして、そっと空へと風船を解き放つ。
ふわふわと風船はゆっくり浮かび上があり、少しして破裂した。デジャブのようにメッセージカードが舞い落ちてきて、私は両手を広げそれを優しく受け止めた。
受け取ったカードには一言「ごめん」というメッセージが書いてあった。
それを見た私は面食らい、そしてつい吹き出してしまった。
「――ぷっ。あははは!」
「――――っ」
彼は笑っている私に怒ったのか、それとも気恥ずかしくなったのか、目を横に逸らしながら口を一文字にして何とも言えない表情を見せている。それが余計に面白くて、自然と笑みが零れてしまう。
「わ、笑うことないだろ……」
「――――ごめんごめん」
でも、こんなの笑っちゃうよ。十年越しの謝罪が、歪で小さい楕円形の画用紙に書いてあるなんて。
――面白いし、可愛いし。それに。
「意気地なし」
「――――っ!?」
「言葉にしてくれないと、分かんないよ。どんな想いを伝えたいのか」
「…………。ふぅ。確かに、そうだな」
彼は何度か深呼吸を繰り返した。よほど、緊張しているようだ。…………ん? あれ、待って。単なる謝罪の言葉をもらうだけのつもりだったんだけれど、この妙な雰囲気、もしかして――もしかする!? あ、それはさすがにまだ、心の準備が出来ていないので、ちょっと困ると言うか――
「ごめん! あの日、お前を傷つけるようなことを言ってその場から逃げたこと、本当に悪いと思ってた。あの日からずっと、ずっと後悔してた。でも、言えなかった。もし、お前に許されなかったら、嫌われたらどうしようって考えて、そればっかりになってしまって、謝ることが出来なかった。でも、俺はもう逃げないって決めたんだ。許されなくても、ちゃんと謝る覚悟を決めた。だから、許してもらえなくても構わない。本当に、ごめん!」
彼は深々と頭を下げて、謝罪の言を述べた。あの日のわだかまりが、ゆっくりと消失しているような気がして、次第に彼の姿が、あの頃の、小さな彼の姿のように変わっていく。
けれど一度瞬きをすると、私の目の前で立っているのは、背丈が伸び、筋肉もついて、より男らしくなった神薙塔矢だった。
…………あ、変な妄想をしてしまったことは、胸の内に秘めておくとしよう。
「初めてそっちから折れてくれたね――塔矢」
「……これは、許してもらえた、のか?」
「うーん、どうだろう。塔矢はどう思う?」
「久しぶりに意地の悪そうな笑い方をしている日わた……瑠璃が見れたから、許してもらえたんだと思ってる」
「そっかー。残念、まだ許してないよ。さすがに何もなしで許すわけにはなー。なんせ、十年だし」
「な、なんだよ。何すればいいんだ?」
「えっとね。一人はつまらないし、一緒に帰ろ」
本当は、いつも花音ちゃんと一緒に帰っているので、一人ではないのだけれど。ごめん花音ちゃん。今日だけは、一人だということにしてほしい。
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