第36話 神薙塔矢④-6

 俺たちは集まってくれたクラスメイトたちに、順番に風船と油の染みたティッシュを配っていった。クラスメイトの人数は三十五人なので、一人が二、三個風船を飛ばせば百個飛ばすことが出来る。


 全員に配り終わったことを確認して、落下防止用のフェンスに近づき拡声器のスイッチをオンにした。


『これより、新入生の皆さんにメッセージを送りたいと思います! ぜひ、校庭にお集まり下さい!』


 アナウンスを入れて十分ほど待つと、校庭に映る点の数が先程より随分と増えた。正確な数字は分からないが、五十人は優に超えているだろう。

 これぐらい集まれば、十分だ。


 俺はもう一度拡声器を使って、屋上に集まった人たちに風船を飛ばす合図をした。皆がそれぞれ少量の油を風船につけて、一斉に空をへと解き放つ。


 空の一帯がカラフルに染められた。青色を背景にして空の中を遊泳していく風船。その光景は、見たことがないほどに鮮やかで、画用紙の中で描かれた絵が現実の中に飛び出してきているかのようだ。


 屋上にいる人たち、そして地上にいる人たちも皆、空を見上げて立ち尽くしている。


「すごい……すごいよ、神薙君。ここにいる皆が、同じものを見てるって、なんかすごいよ! 皆の心が一つになってるみたいな、不思議な感じ!」


 興奮した様子で、橘は空を見たり人を見たりしている。確かに、皆が一斉に空を見上げるというのも、中々ない場面ではある。


 十秒ほどが経って、風船が割れ始めた。次々と破裂音が響き渡り、それと同時に演出であることを知らない地上の人たちがざわめき始めた。


 ひらひらと舞い落ちていくメッセージカード。得体の知れない物が降ってきていることに、地上の人たちは更にざわめきを大きくした。インパクト性は、上出来のようだ。


 俺たちが綴った新入生へのメッセージはやがて、彼らの手元へと到達し、それを見た反応は様々なようだった。校庭と屋上の距離のせいで何を言っているのかは聞こえなかったが、動きを見るに、笑っている人もいれば飛び跳ねてテンションを上げたりしている人もいる。中には白けた様子でカードを握り潰したりしている人もいたが、まあなんとなく気持ちは分からんでもないな、と思ったので苛立ったりもしなかった。


 皆それぞれの感じ方があって、それを表に出した結果なわけだけど、空を見上げていた時だけは心が一つになっていたのかと思うと、橘の言っていた通り不思議な感じがする。


「やりましたね、神薙先輩!」


 自分のことのように喜んでくれる遠藤。橘には、いい後輩にめぐり合わせてくれた感謝も伝えないといけないな。あいつには、今回のことで感謝しないといけないことがありすぎる。今回のことがなければ、鬱陶しい女というカテゴリに納まっていたのに。


 俺は拡声器を使わずに、手伝ってくれた人たちに頭を下げながらお礼を言った。皆笑いながら、気にするな、という体で手をひらひらと振ったり、親指を立ててこちらに向けたりしてきた。

 女子にいたっては、何故か妙に近寄ってきたりして、困惑しているとどこからともなく現れた橘がそれを撃退してくれた。橘は女子たちを撃退した後に、俺の腹部にまあまあの強さのパンチを繰り出してきて、一体何がしたいのか分からなかった。


 クラスメイトが去り、残った俺たち四人は、皆から受け取ったゴミとなったティッシュをゴミ袋に入れ、地上に落ちているであろう風船の残骸や、捨てられたカードの回収に向かおうとした。


「もしかしたらまだゴミが落ちてるかもしれないし、瑠璃と神薙君はもうちょっと屋上を見てもらえる? 校庭は私と遠藤君にお任せあれ!」


「――え!? 二人で校庭全部見るんですか!?」


 悲鳴を上げる遠藤を引きずりながら、橘は屋上から校内へと戻って行く。


 また、気を遣わしたか。


 ありがとう。お前の行為を無駄にしないためにも、俺はちゃんと向き合うよ。


「――ひ、日渡!!」

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