第33話 神薙塔矢④-3

 橘も遠藤も自分と向き合って、本当の気持ちを受け入れた。自分の心の奥底にある感情を、見ない振りなどせず、しっかりとその目で見つめて、立ち向かった。


 自分の気持ちを受け入れるのは、意外に困難で、難しかったりする。自分はそんな風に思っていないはずなのに、と、表面上の自分が、内面の自分を否定してくるんだ。受け入れると、自分が自分ではなくなるぞ、と。


 否定して、否定して、否定し続ければ、それはもしかしたらいつか消えてくれるのかもしれない。だが、そんな画用紙一枚よりも薄い可能性に期待し続けている間、ずっと苦しむことになる。本当の自分はこう思っているのに、そうじゃないんだと、自分で自分に言い聞かせ続けなければいけない。


 何時間も。何日も。何年も。もしかしたら、一生。


 それはあまりにも残酷で、悲しい。受け入れて、立ち向かって、その先に待っているのは何かなんてのは、実際にその場所まで行ってみなければ分からないじゃないか。立ち向かうことを恐れ、無駄に保身に走って、そうして手に入れた平穏が、どうして自分の気持ちに従った結果だと言える?


 違うだろ。


 俺が望んでいるのは、そんなものじゃないはずだ。俺が望んでいる未来は、一人でぼうっと過ごす毎日なんかじゃないはずだ。それは、表面上の俺が、勝手にそう思っているだけ。もっと、もっと、内面の俺を。本心を。


 見て。立ち向かえよ。


 橘も遠藤も、俺の前で涙を見せた。その涙は、情けなくもなく冷たくもなく、自分たちが困難に立ち向かい苦悩して、本当の自分の気持ちと向き合った証だった。眩しくて尊い、綺麗な雫だった。


 俺は遠藤と並んで階段を下りながら、ポケットの中に入れていた、一枚の歪なメッセージカードとまだ膨らませていない風船を握った。


 あの日からずっと、日渡に謝ることが出来なかった。それは、日渡に許してもらえないことを恐れたからだ。大切な人に嫌われることが、怖かったからだ。


 だから、何も言わないまま、ここまで来た。謝らなければ、怖い未来がやって来ることはない、なんて思いながら。


 だが、どうだ。もしこれまでに謝罪をして、それが受け入れてもらえなかったとしたら、きっと会話をすることもなく、細い糸のような繋がりさえ無かったことだろう。


 それが、俺の想像していた恐ろしい未来。


――今と何が違う? 橘のおかげでまた少し日渡との関りが出来たが、橘がいなければ、桜蘭祭がなければ、恐ろしい未来となんら変わりのない毎日を送っていたはずだ。これまでと変わらない、毎日を。


 俺の望む未来には、日渡がいる。俺の横で笑って、怒って、泣いて。そして、俺も日渡の横で同じように表情を変える。

 くだらないことを話したり、時には真面目に二人の今後について語ってみたりして。


 そう。あの幼い頃のように。俺は、日渡と一緒にいたい。これまでもずっと、そう思っていたんだ。あの日からずっと、そう思っていたんだ。


 俺はもう逃げない。自分の気持ちと向き合い、そして立ち向かう。その先に待っている未来がどんなものであれ、今の俺のこの気持ちは、はっきりと色づいていて、見ない振りをしようとしても、視界に入る。


 俺は日渡が好きだ。


 心の中でそう叫んでから、隣に遠藤がいることを思い出して、浸っていた自分が恥ずかしくなった。

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