第31話 神薙塔矢④-1

 とあるイレギュラーはあったものの、なんだかんだで作業は本番の二日前に終わらせることが出来た。学校が休校の土曜日と日曜日には音楽室に集まって、吹奏楽部が練習している横で、縮こまりながら作業をした。橘は、「部長の私がいいって言ってるんだからもっと堂々としてていいよ」なんて言っていたが、さすがの俺も文字通り部外者な空間で、我が物顔をすることは出来なかった。


 メッセージの書かれた楕円形のカードが(一部歪なのは大目に見てもらいたい)中に入っている風船を、ざっと百個用意した。初めは多いような気もしたが、一年生の全体人数を考えれば妥当なのかもしれない。


 風船を飛ばす時間帯は、橘の案で夕方に決まった。橘曰く、夕方の方がムードがある、とのことだったが、その言葉を聞いて思わず胸が苦しくなった。こちらを向いてにやりと笑う橘の顔が、俺の胸を更に抉ってきたが、落ち込んでいる様子はないことにどこか安堵していた。苦しいやらほっとするやら。訳が分からなかった。


 屋上で飛ばす風船の準備は完了、そして時間も決まった。だが、肝心なところが抜けていたことに、今日の朝気が付いた。それは、飛ばす人、だ。


 俺たちは合わせて四人で、それに対して風船の数は百個。出来ればほぼ同時に飛ばして割れていくのが理想なのだが、四人で一斉に飛ばせるとしても、せいぜい一人が三個ぐらいで、計十二個が限界だろう。


 どうしたものかと思案した結果、俺は教室の教壇の前に立って、クラスメイト全員に頭を下げることにした。たかが出し物一つにどれだけ必死だよ、って笑われるかとも思ったが、幸いにも俺のクラスには良い奴しかいなかったようで、皆が快く承諾してくれた。他に出し物をしている人も、風船を飛ばす時間には抜けて来てくれるという、なんともありがたい話だった。


 普段の俺なら、前述の立場にいたに違いない。斜に構えて、出し物一つに熱くなっている人を、馬鹿みたいだ、と心の中でそう揶揄していただろう。


 正直、今もそんな風に思っている自分がどこかにはいる。なんでこんな、頭まで下げて、大きな声で感謝の言葉なんか叫んで、馬鹿みたいだな、とそう言いたくなる。


 でも、ここまできたんだ。


 自分の力だけじゃない、三人の力を借りてここまで進んできた。今更、引き返すことなんて、出来るはずもないし、しようとも思わない。


 三人への感謝の言葉の代わりに、やり遂げるのみだ。

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