第30話 日渡瑠璃③-3

 無意識であれ花音ちゃんを救ってくれた彼を褒めながら、でもやっぱり、彼と女子とのエピソードという部分にもやもやしている自分がいた。素直に受け止めきれない嫌な自分が、心の奥底からひょっこりと顔を出して、こちらを見ている。


「ねえ、瑠璃?」


「――何?」


「もしさ。瑠璃の好きな人と私が付き合うことになったら、瑠璃はどうする?」


 質問の意図が、いまいち分からなかった。彼のことを言っているのか、とも思ったけれど、振られたばかりの相手を引き出して交際の想定をするのは無意味に自分を傷つけるだけだ。


 私は花音ちゃんの真意を読み取れないまま、彼女の質問に真剣に答えた。


「多分、最初は憎む、と思う。私の好きな人を返して、って。で、落ち込むと思う。――でも、少ししたら、お祝い出来ると思うんだ。私の大好きな人たちが幸せになってるんだ、おめでとう、って。好きな人が幸せになってくれるのは、やっぱり嬉しいから」


「――うん。私もね、一緒だよ」


 花音ちゃんは濡れた瞳で真っすぐ私を見ながら、そう言った。


 口角が震えながら持ち上がり、その表情は強がっているようにも見えた。私が花音ちゃんを慰めに来たはずなのに、私は今、花音ちゃんの全面に押し出された優しさを感じている。


 自分と、そして大切な人たちと、真摯に向き合い傷つきながら、それでもなんとか這い上がろうとしている美しい彼女の姿は、夕日が差し込んでるわけでもないのに、とても眩しく見えた。


 私は花音ちゃんのように、向き合って来たのだろうか。傷つくことを恐れて、求める場所から、逃げ続けていたのではないのか。


 私に。今の私に。


 花音ちゃんの想い人を奪う資格なんて――ない。


「……ごめんね」


「なんで、瑠璃も謝るの?」


 花音ちゃんの優しさだったり、ふがいない自分だったり、色んな思いが綯い交ぜになって、形を変え私の瞳から流れ始めた。


 止める術も分からないまま、私はただ「ごめんね」と呟くばかり。


「……二人とも……馬鹿だよ。なんで……謝る、かなぁ」


 花音ちゃんは溜め込んでいたのか、大声を上げて泣き始め、私の身体をぎゅっと抱き締めてきた。私も更に溢れてくる思いを堰き止めることが出来ず、顔をぐしゃぐしゃにしながら花音ちゃんの身体を抱き締め返した。


 お互いに痛く感じるほどに、強く強く抱き合った。それは、たとえどんな結果であれ側から離れたりはしない、という私たちの意思表示のようにも思えた。


 もし今、靴箱を利用したい人がいても、きっと踵を返してしまうことだろう。それほど私たちは人目もはばからず、情けないくらいに、恥ずかしいくらいに、どうしようもない感情を溢れ出させていた。


 ひとしきり一緒に泣いて落ち着いたのか、花音ちゃんは腕の力を抜いて私から離れようとした。もっと温もりを感じていたいと思ってしまっていた私は、花音ちゃんが離れないように更に強く抱きしめたが、軽く頭を叩かれて泣く泣く花音ちゃんの身体を解放した。


「もう、大丈夫だから。ほんと、ありがと」


「私は何もしてないよ。ただ、一緒に泣いただけだもん」


「確かにそうかも。私より泣いてたから冷静になれたのかも」


 意地の悪そうに笑う彼女を見て、嬉しくなった。私をからかってくれるぐらいの元気は出たらしい。立ち直るにはまだまだ時間がかかるだろうし、もしかしたら私のことを憎んでしまうことになるのかもしれないけれど、それでも今の私は嬉しかったのだ。


「よし、いっぱい泣いてすっきりしたし、教室戻ろっか!」


「――え!? ま、まだ、いると思うよ?」


「分かってるよ。でも、準備の手伝いをする約束はしてるしね。それを無かったことにするのは、さすがに自分勝手すぎるでしょ」


「別に、明日からでもいいんじゃ……」


「やだね。ついさっき振られた相手が戻ってきたとなれば、さすがの神薙君も気まずいでしょ。こんないい女振ったんだから、思う存分気まずい思いすればいいの!」


 私は吹き出すほど笑ってしまった。自己中だと思われても構わない、自分を振った相手を気まずくしてやるぐらい、いいじゃないか。


「花音ちゃんの仕返し、付き合うよ!」


 握り拳を作って宣言する私の姿が面白かったのか、花音ちゃんも笑った。そして立ち上がり、私の握っていない方の手を取って、私を引っ張り上げてくれた。


「ほんと、いい親友を持ったよ」


「それは、こっちの台詞」


 また泣きそうになってしまうのを堪えて、花音ちゃんの手を力強く握った。小さくて柔らかい、可愛らしい手。この手を握っていられるように、私も向き合わらなければ。過去と今と。そして、私たちに。

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