第29話 日渡瑠璃③-2

「大丈夫?」


「あんまり、かなぁ。さすがの私も、振られたばかりで元気出すのは難しいや」


 当たり前だ。普段どれだけ明るくて、勝気な女性であったとしても、好きな相手に振られて傷つかないわけがない。好きであればあるほど、なおさら傷は深くなる。


 花音ちゃんは本当に、彼のことが好きだったんだ。


「私でよかったら、話、聞くよ」


「……当たり前じゃん。ていうか、瑠璃じゃないと話さないよ」


 その言葉に少し嬉しくなった。私が花音ちゃんのことを大切に想っているのと同様に、花音ちゃんも私のことを大切に想ってくれている。だからこそ、花音ちゃんの想い人が彼であるというのが、辛い。


「神薙君のことはね、一年の頃から好きだったんだ。一年の頃から今まで、他の男子のことなんて目に入らないくらい好きだった」


「……うん」


 嫌な感情が私を襲う。女の子の口から出る彼の話が、こんなにも胸を締めつけてくるとは思わなかった。


「一年の頃、まだ瑠璃と仲良くなる前にさ、所属してたグループ? みたいなのがあったんだよね。中学から一緒に遊んでた五人組なんだけど。ある日さ、その中の一人が男子に告白して振られちゃったんだ。今の私みたいに、ね」


 自虐して空笑いする花音ちゃん。私はそんな痛々しい彼女を見ていたくなくて、せかすようにして話を続けさせた。


「昼休みに、五人で一緒に屋上でご飯を食べてたんだ。でも、なんだかお通夜みたいに暗くてさ、私はそれが嫌でなんとか皆をいつものようにしたい、って思ったの。振られた子が元気になれば、きっと自然とこの場も明るくなるだろうと思って、振られた子に色々声掛けたりしたんだ。何の責任もなく軽はずみに元気だしなよって言ってみたり、次があるよ、なんて言ってみたりさ。そしたらね、皆に言われたの。空気読めよ、って」


 花音ちゃんは、また涙が出そうになっているのを堪えようとしているのか、上を向いて少しの間口を閉じた。深く息を吐きながら首を戻して、花音ちゃんは話を続けてくれる。


「その時ね、頭が真っ白になったんだ。自分が何か悪いことをしているのかどうかも分からなくて、でも仲良しだったはずの皆から急に嫌われだしたのを感じて、怖かった。私はおかしな子で、皆から嫌われるのが当然なんだって、突然そう思わされたの」


「――そんなことない!」


 私は、思わず叫んでしまった。花音ちゃん自身が言っているわけなのだけれど、それでも花音ちゃんがおかしいなんて、嫌われて当然な人だなんて、そんなことを認めさせたくなかった。


「私は、花音ちゃんのこと大好きだもん!」


「……えへへ。ありがと、瑠璃。でも、大丈夫だよ。あの時、自虐的になったのは、ほとんど一瞬だったから」


 ああ、そうか。屋上といえば、そうだ。そこには、一年の頃からその場所を根城にしている【眠れる屋上の貴公子】がいる。


「グループの中の一人の子がね、近くで寝転がってた神薙君に声をかけたの。多分、イケメンが好きな子だったから、それで声をかけたんだと思うんだけど、その子は神薙君に『ねえ、どう思うこの女。めっちゃうざくない?』って声をかけたんだ」


 その女の子誰? っと、問いただしたくなるのを必死に抑えた。花音ちゃんが話したいのは彼のことだろうから、今となってはそのグループというのもどうでもいいのだろうけれど、私としてはたとえ過去であれ私の大切な人を馬鹿にしたことを許せるはずがなかった。うざいっていう人の方が、うざいんですけど!


「声をかけられた神薙君は、すごくだるそうにしながら答えてくれたんだ。今だったら多分無視してたんだろうけど、あの時神薙君は『そう? 俺だったら、落ち込んでる時は無理矢理にでも絡んでくれた方が助かるけどな』って言ってくれたの」


 私も、彼と同じ答えだ。


 落ち込んで誰とも話なんてしたくない、って思うけれど、それでも私に声をかけてくれる近しい存在がいれば、私は一人じゃないんだ、って安心できる。声をかけてくれて嬉しく思っていることを表面に出すことは出来ないかもしれないけど、その言葉で内面は救われているんだ。


「それから、好きになっちゃった。神薙君は私を庇ってくれたつもりなんてないんだろうけど、嬉しかったんだ。嬉しくて、気付いたらずっと彼のこと見るようになってた」


「――そうなんだ」

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