第26話 神薙塔矢③-5
震えた声でそう言った橘の顔は、すぐにでも崩れてしまいそうなほど不安気で、でも、確固たる意志が漲っているようだった。心の内が身体の中を通り、顔を介して表面に出ている。貴方が好きだ、と。美しく散りばめられた一つ一つのパーツが、自身の想いを伝えてくる。橘の想いを。
「ごめん」
突然の告白に当惑して、頭の中はぐちゃぐちゃになっていたはずなのに、俺の口から反射的にその言葉が飛び出ていた。俺は自分の口から言葉が飛び出たのを理解すると、橘の顔を見るのが怖くなって、咄嗟に目線を歪に切られた画用紙へと向けた。
「……考えても、くれないんだね」
「……ごめん」
またも同じ言葉が出る。脳で考えて出たわけでもなく、いわば脊髄煩瑣のように。
女子が嫌いなわけじゃない。彼女なんていらない、と気取っているわけでもない。橘のことを、異性として見れないわけでもない。なのに、俺は彼女の想いを受け止めることすらしようとしていない。
橘と恋人になる。そのことを一切考えることも出来ず、ありえるはずのない未来として、ありえてはならない将来として、脳に到達する前に橘の想いを切り取ってしまっている。
「あ、いいんだよ別に。困らせちゃったよね。あはは、ごめんごめん」
いいわけがない。なんで声を震わせ、決死の覚悟で想いを伝えた橘が謝らないといけないんだ。そんなことをしてしまったら、まるで自分の想いを伝えることが悪いことみたいじゃないか。橘は何も悪いことなんて、してないだろ。
なんて。口にすることなど出来るはずがなかった。
俺は橘と向き合うこともなく、ただ逃げることに徹していた。冗談めいた口調で色々と語りかけてくれていたが、俺はただ定期的に「ごめん」と呟くだけで、橘と会話をしようとすらしていなかった。
俺はずっと。誰かの想いから。そして――自分の想いから逃げ続けていた。
「本当はね。分かってたんだ、振られること。好きな人のことって、自然と目で追っちゃうんじゃん? まあ、恥ずかしいんだけど、私の場合は神薙君を気づいたら見てたりしちゃってんだけど。あ、きもいよね? 今度からは気を付けるから、許して。でね、神薙君を見てるとね、気付いちゃったんだよね。あー、そっか。神薙君も、好きな人がいるんだぁって」
「…………」
「だからさ、諦めようかなぁとは、思ってたの。本当に。そう……思ってたの。――でもね。無理だった。何も……ぐすっ、伝えないのは……ひんっ……嫌だった」
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