第25話 神薙塔矢③-4

 いつの間にか扉を開けて教室内に入って来ていた橘は、首を傾げながら教室内を見渡していた。俺は自分の胸中に浸り過ぎていたのか、扉が開く音が全く聞こえなかった。


「瑠璃は?」


「マジック貰いに行ってる。段ボールの中に入ってなかったみたいだ」


「ふーん」


「部長会議、もう終わったのか?」


「うん! 特に内容もない会議だからね。現在の活動報告をしたら、あとはぼーっとしとけば終わり」


「そういうもんか」


「そういうもん」


 橘は歩きながら会話を続け、俺の隣の机の上に腰かけた。段ボールが置かれている机とは逆の、より窓際の席だ。


 その席は丁度陽の光が当たるようで、橙色の夕日が橘を照らしていた。橘は光に気付いたのか、目を細めて窓の外へ目を向ける。俺には芸術的なセンスなんて微塵もないし、絵画についても詳しくはないけど、絵になる、とはこのような情景を言うのかもしれない。


「――ん? どうしたの? あ、もしかして見惚れてた?」


 意地が悪そうに笑う橘。正直に言うと、橘の言う通りだ。だが、それを言葉にはしたくない。調子づかせてしまうから……いや、なんだろう。何故だか、日渡に申し訳ないような気がしたから、か。


「私たちも、もうすぐ卒業だね」


「まだ一年あるけどな」


「神薙君は、卒業したら県外に行くの?」


「どうだろう。今はとりあえず大学は出とくか、って感じだから、近場の大学に行くつもりではいる」


「ふーん、そうなんだ」


 会話が、一瞬途切れた。妙に静かな空間。いつもの橘なら、まくしたてるように会話を続けるはずなのだが。どうも違和感がある。橘らしくない、というか。


「…………瑠璃、まだ帰ってくるのに時間、かかるかな」


 床に視線を落とし、足をぶらぶらとさせながら橘は呟いた。


「さあ? でもまあ、ここから職員室までちょっと距離があるからな、もう少しかかるんじゃないか? 画用紙ならまだあるし、切りながら待ってたらいいだろ」


 また沈黙。今度は、一分ほど続いただろうか。俺は何か間違ったことでも言ったのか、と不安になったが、どうやらそもそも俺は橘の真意を理解していなかったらしい。


 橘らしいはずの彼女を、橘らしくないと。勝手にそう思ってしまっていた。


「あー、本当は全部終わった後に言いたかったんだけどな。絶対に気まずくなるだろうし。でも、こんないい感じで夕日が差し込む教室に、二人きりになっちゃうとさ……なんていうか、ムードってやつが出来上がっちゃうよね」


「なんの話だ?」


「えへへ。先に謝っとくね、ごめんなさい」


 橘は軽く頭を下げた。いつもの元気一杯という感じはなく、どこかしおらしくて、繊細さを感じさせられる。それにしても、どうして橘が俺に謝罪なんて。


「神薙君の手伝い、さ。本当は神薙君のためじゃないんだよね」


「遠藤のためか? それなら本人から聞いたけど」


「あ、そうなんだ。うーん、それも正直、ついで、って感じかな。遠藤君には悪いけどね。本当は、自分のためなんだ」


「自分のため?」


 聞き返しながら、本当は予測がついていた。これまであまり接点のなかった異性に協力を志願して、それがその異性のためではなく自分のためだと言うのなら、それはもう、高校生のような多感な時期の人間ならば、誰だって分かる。小学生のような、まだ異性を異性として見れない年頃でなければ、誰にだって分かる。


「私、神薙君のことが好きなんだ」

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