第17話 休みって休みって聞くだけで休みって気分になってくるから休みって感じだよね
日曜日。やっと訪れた休日。俺と日和は見事に二度寝をかまし、昼過ぎに起きて朝食、ではなく昼食をとっていた。
「俺だけじゃなくて日和も昼に起きるとはな」
「襲われる危険がないと寝過ぎちゃうのよ。平和な世界で素晴らしいわ」
ぼさぼさの髪で、よれたシャツから下着を覗かせながら日和は魚の身を綺麗にほぐして口に運ぶ。箸使うの上手くなったな。
「日和、見えてる」
「見えてる? ……そういうことね」
日和はさっと隠した。「高宮のえっち……」みたいな反応はしないものの、僅かに恥じらう。僅かに、なのがポイントだ。
「前から思っててたけど、線引きがよくわからん。今だってシャツ一枚でパンツまで見えそうな格好してるのに、そこは恥ずかしいのな」
「……前までは基本森で生活してたから。その辺りはこっちの世界より緩かった。でも。……直接言われたりすると、流石に……ね……」
平気そうな顔をしながらもじもじと。それが一番エロいよ日和さん。
「高宮だってそうじゃない。何も着ないで。見えそうどころか見えてる」
「だってついこの間まではパンイチだったしな。ブラ着けてるだけ褒めてほしい」
「さりなに怒られるわよ」
「お前もな」
悪事の共有。二人してくすりと笑ってしまう。
「ねえ高宮。一つお願いがあるのだけれど」
「なんだ? 休日だから出かけないぞ」
「スマホ? とやらが欲しいのよ」
「……あー。ついにか」
この世界に慣れてから。そう思っていたが、早かったな。
「あれがないと生きてけないわ」
「それは言い過ぎ、でもないな」
「あれがある前提で世界が成り立っているもの」
「流石、女子高生らしい感想」
となると。
出かけなきゃだった。
✳︎
「へあー……。せっかくの休日なのに」
もはや生活必需品。先延ばしにしてもだったから、日和と外に出ていた。ベッドが恋しい。
「そう言いながら楽しそうだったじゃない。可愛くなることに抵抗がなくなってきたわね」
「……そんなことないし」
めちゃくちゃあった。
ずっと着てみたかったワンピース。意を決して着てみたら、自惚れでしかないがそれはもう似合っていた。この身体、スタイルが良過ぎる。
「てか、お前も大分馴染んできたな」
「エルフの手にかかれば余裕よ」
日和はかなり短めの攻めたスカートを履いていた。服装だけじゃない。その立ち居振る舞いから若者らしさが前面に出されている。
「もはや普通にJKだ」
「普通?」
すり寄って日和は訂正を要求してくる。おじさんの扱いを心得たJKだった。
「……普通じゃないな。最高峰のJKだよ」
「でしょうね」
言わせにきておきながらなにを得意げに。機嫌がいいからいいけど。
「待って高宮。緊急事態よ」
「な、なんだ……!?」
突然立ち止まって日和は遠くを凝視している。あまりに緊迫した物言いだったから慌てて視線を追えば。パンケーキに目が釘付けだった。
「おい」
「違うの高宮、嘘じゃないのよ。これは緊急事態。どうしてもあれが食べたいわ」
「わかったわかった。じゃあ行くか」
ああいう甘いものに日和は吸い寄せられる。急いでもいないから店に入ろうとしたらまた突然、今度を腕を掴まれて転びかけた。
「危ないんですが。どうした?」
「緊急事態よ」
「それはさっき聞いた」
「違うの高宮。ここは後にしましょう」
あんなに今すぐにでも行きたそうだったのに。なんなら無理にでも我慢してるのが顔にまで出てるのに。日和は先へと歩いて俺を置いていく。
追いかけて横に並んで、店から離れても。日和はむすっとしていた。
✳︎
「こ、これが……!」
日和は店先でスマホを天高く掲げる。親戚の子供におもちゃを買い与えたときと全く同じだった。因みに親に怒られるまでワンセット。
「一応最新機種だから。不便はないだろ。後要望通り容量は多めにしたけど。てかお前謎に詳しくなかった?」
買って、契約プランも決めて。変にケチりもせず、初心者で扱える範囲にしておこうと思っていたのだが。横からやいのやいのと口を出されて途中から日和が諸々を決めていた。
「前もってさりなに教えてもらったの。後は学校で人間たちの意見を参考にしたわ」
「道理で。準備がいいな」
日和は完璧に浮かれていた。恐らく過去一で。
「そこまで嬉しいものか? たかだかスマホ一つで」
「何を言っているの。あなたたち人間はこれがあることに慣れ過ぎよ。そのたかだかスマホ一つで何でもできるんだから。このフォルム、神秘、叡智の結晶。これが元の世界にも普及していれば一体どれだけ楽だったか……!」
熱弁だった。正直その熱量は理解に苦しむ。だって俺異世界知らないし。
「さあ高宮、行きましょう!」
「どこ行ってもいいけどその前に。スマホを使うにあたって色々と注意事項があります。まず」
「わかっているわ。……そのくだりはさりなと何度もやったから。もう何度も……」
食い気味に遮って、日和のテンションが唐突にだだ下がりだった。
「そっか……。それは悪かった。依川のことも悪く思わないでやってくれ。あいつ大抵のトラブルはやらかしてるから」
経験者は語る。を、散々やられたんだろう。痛みを誰より知っているが故に、依川はその辺り敏感だった。
「人間というのは悍ましい生き物ね。元の世界でも珍しくはない話だったけど、こっちの世界はより酷いわね。誹謗中傷、晒し、浅はかな者から狩られていく詐欺、友人間での泥沼化していく潰し合い……! 高宮、私はこれを凶器にしないとここに誓うわ……」
異世界の習わしだろうか。日和はよくわからない姿勢で誓ってくれた。意識が高いことは喜ばしいが、依川には今度説教しておこう。日和がそこそこ本気で恐怖していた。
「それじゃあ高宮。行きましょう!」
ちゃんと誓えたのか、日和は俺の手を引いて走っていく。切り替えが早かった。
✳︎
楽しみが目前に迫ってそわそわするのはよくわかる。でも長いことそわつかれるとこっちが疲れてくる。
先程は通り過ぎた店に入って注文を即座に済ませてから、日和は体を揺らして待っていた。
「ちょっとは落ち着かない?」
「無理ね」
見事な即答。まあいいんだけどさ。
日和の耳がぴくりと何かに反応する。奥からトレイを持ったバイトさんがこちらへ向かってきていた。
「お待たせしました」
二人分のパンケーキがテーブルに置かれる。これを待ち望んでいた日和は食べる前からもう顔が崩壊しかけていた。
「日和、それ女子高生がしちゃ駄目な顔」
「は!? 私としたことが……」
日和が現実に戻ってくる。
冷めても勿体ないし、早速食べようとしたときだった。
「待ちなさい高宮」
謎に止められる。
「待ちました高宮。待ったので食べます」
「だから待ちなさい。……何のために後回しにしたと思っているの」
日和は不慣れな手つきでスマホを取り出す。そういうことか。
「写真撮りたいのな」
「ええ。やってみたくて。でもこれ難しいわね」
ああでもないこうでもないも日和は色々な角度を試すがどれもいまいちなようだった。
「高宮、任せたわ」
「諦めんのかい」
仕方ないから渡されたスマホで一枚撮ってみる。
「こんなんでいいか?」
「……見るからに適当だったのに上手いわね。むかつくわ」
「正直にどうも」
写真を確認してこれで満足してくれるかと思ったのだが、日和は向かいの俺の席まで移動してくる。
「今度は何」
「何か足りない気がしたのだけど。わかったわ」
隣に座って体を寄せる。そうしてスマホを掲げて、日和が撮ったのは俺との写真だった。
「‥‥恥ずかしいのでやめてほしいんですけど」
「いいじゃない、私しか見ないんだから。……こうやって思い出に残せるって、いいわね」
日和はスマホの画面を眺めて、その更に遠くを見つめてそうだった。
「もういいわ。時間を取らせたわね」
日和は向かいの席に戻ろうとする。
これは、そう。気まぐれ。俺もちょっとくらいはしゃいでもいいんじゃないかと、つい日和の腕を引いてしまった。
「ちょっ……、何して」
「日和口開けて」
驚きで間抜けな顔をした日和の口にパンケーキを突っ込みパシャリと一枚。
いい写真が撮れていた。
「見ろよ日和。半目だぞ」
「今すぐ消しなさい」
「いいだろ、俺しか見ないんだから」
同じ言い分。さしもの日和さんでも言い返せなかった。
「ほら、早く食べないと冷めるぞ」
「覚えてなさいよ……」
「毎日見て忘れるなってこと?」
「……それ以上ふざけたこと言ったらこの店が吹き飛ぶわ」
日和は向かいの席に逃げていった。魔法に逃げた時点で俺の勝ちだな。
「……高宮」
目の前に座っても未だパンケーキに手をつけず。日和の手は膝上で収まっていた。
「その。……ありがと」
突然のヒロインムーブ。咳き込んでしまった。こんなもじもじしながら言われたら誰だって心臓を破壊されると思う。
乱されている俺をよそに、日和はなんてことなさそうにパンケーキを食べ始める。
普段こういうことは言わないが、それでも日和は色々気遣ってくれているし、何かと頑張ってくれていた。家事とか、生活においてのちょっとしたコミニュケーションとか。
居候の身だという自覚があって、気にしてもいるから。諸々含めての。ありがとうなんだろう。
「……どういたしまして」
こんな台詞、気恥ずかしい。けど日和がまた照れ臭そうにしているから。言ってよかったし言われてよかった。
パンケーキも心なしか美味しい気がする。
こんな休日も。悪くはないな。
転性したら元エルフがついてきた 小麦ちゅるちゅる @hamhampasta
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