第16話 朝日奈巡は巡らせる

 朝日奈巡。行きたいと思った日もありませんが、今日は過去一会社に行きたくないです。


「おい巡。遅刻するぞ」

「藍……。会社爆発させられない……?」

「それはあれか? ウロボロス召喚できない? みたいなノリか?」

「異世界のノリなんて知らないよお……」


 ある日全裸で現れて居候になった元ダークエルフ。藍に引っ張られて私は家を出た。涙目になりながら。


 天宮さんと顔を合わせられない。一度家に帰って冷静になると、わたしは悶えた。ベッドで暴れて藍にうるさいと怒られた。


 新人さんに初手嘔吐をお見舞いして、介護され、日和ちゃんには魔法で癒やしてもらい。どれだけ迷惑をかければ済むんだという話だ。


 嫌だ嫌だと心の内で唱え続けていたら会社に着いてしまった。二日ぶりの会社。


「おはよう、ございます……」


 なるべく小声で、颯爽と自分の席へと向かう。気づかれなければいい。気づかれなければ。


「あ、朝日奈さんおはようございます」

「はあっ! ……お、おはようございます」


 天宮さんに見つかって、変な声が出かけた。一応私は落ち着いた人、もしくは冷たそう、みたいな印象を抱かれやすいので、今みたいなのは控えたい。


「体調はもういいみたいですね、よかったです」

「は、はい……。 その、色々とありがとうございました。記憶がほとんどないんですが、大変ご迷惑をおかけしたようで」

「いえいえ。急に誘っちゃった私も悪いですし。そんなに気にしないでください。……同じ境遇同士ですし、これからよろしくお願いしますね」


 元エルフと暮らす者同士。そう言って天宮さんはデスクに戻っていった。


 天宮さんは優しい。私みたいなのにも声をかけて、気を遣ってくれて、こっそり入ってきた私を見つけて。なんだか、高宮先輩みたい。


「休んじゃった分、頑張ろ」


 一人呟いてパソコンと向かい合った。


 って、嘘……。

 

 私は慌てて隣の席の子に聞いた。


「あの、これどうなってるんですか」

「うわ、びっくりした。朝日奈さんって日本語話せたんですね」


 後輩の女の子が失礼だけど今はそんなことどうでもよかった。


「おかしくないですか。私が二日も休んで、どうして普通に仕事が回ってるんです」

「あー。それなんですけど。あそこの、ほら天宮さん。すっごく仕事できて。なんとかなっちゃってるんですよね」

「天宮さんが……?」

「皆残業はありますけど早く帰れるーって。ちょー喜んでます。まあ私は何があろうと定時上がりですけど」


 後輩の話が本当なら。天宮さんのこと、ますます高宮先輩にしか思えなくなってくる。


 私は天宮さん観察計画を始動させた。



          ✳︎



 一週間かけて天宮さんを観察し、私は一つの仮説に辿り着いた。


 天宮さんは高宮先輩の生まれ変わり説。


 そこに至った最大の根拠は。

 私が天宮さんに惚れそうであること。


「だってそっくりなんだもん。あんなの反則だよお……」

「巡、くねくねしないで。気が散る」


 ベッドで悶えていたら、宿題中の藍に怒られてしまった。


「藍。天宮さんって可愛いよね」

「まあ。可愛いけど」

「女の子同士って、ありかな?」

「……否定はしないけど。どうしたの?」


 藍は宿題の手を止めて、ベットに腰かける。


「私、フラれたの」

「は!? 誰に!」

「高宮先輩って人がいて、私が告白したら突然いなくなっちゃって」

「え? たか、え……?」

「でも私が思うに天宮さんって高宮先輩の生まれ変わりなの」

「それは……。どうだろう……」

「だから今度こそ上手くやる」


 顔が熱かった。枕を抱いて誤魔化しても藍には諸々見透かされている。どんな反応が返ってくるか伺ってみたら、なんとも言い難い難しい顔をしていた。


「藍……? やっぱり駄目かな……」

「いや、駄目というか。うーんっと……」


 藍は長いこと唸って、判然としないまま話を逸らした。


「巡。それよりもまずはあれをどうにかしないと」


 指を差す先には缶の山。お酒の空き缶だった。


「今回は日和に助けられたけど、私は回復魔法が得意じゃない。今日だって私が止めなかったらどれだけ飲んでたか……。このままだと生活が破綻する」


 そう、最近の私はいつもほろ酔いだった。あれ以来藍がお酒を管理しているのだけど。


「もっと飲みたいー……」

「駄目。どうせ私に隠れて飲んでるんでしょ? 私が許可した量よりも空き缶が多い」

「……けち」

「はいはい。けちでもなんでもいいから、今日はもう寝て」


 藍は話を聞かない姿勢だった。電気を消すと私と添い寝をして魔法をかけてくれる。


「ごめんね巡。日和みたいに上手くなくて」

「なんで謝るの。いつもありがとう、藍」


 日和ちゃんのを見せてもらってわかったけど、藍の回復魔法は不安定。光が強くなったり弱くなったり。


 それが私は好きだった。藍が苦手なことでも頑張ってくれてるって、伝わってくるから。


「巡、明日は二本減らしてみない?」

「それは無理かも……」


 眠気に負けて本音が漏れる。お酒への依存脱却はまだまだ先になりそうだった。

 

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