第15話 落ち着く時間

「おはようございまーす……」


 天宮伊月出勤。二日目にしてテンションだだ下がりだった。


 あれから、眠る朝日奈さんに藍ちゃんは付き添うと言って聞かなくて。高宮とは絶対に口にするなと言ってはおいたが、正直気が気じゃない。日和はまともに話しもできず学校に行ってしまった。

 隠しごとと、ぎくしゃくと。それだけで済めばまだよかった。


「おはよう天宮さん。……元気ないね」


 山田君が挨拶を返してくれた。だが今日のおれはおっしゃる通り元気がない。


「……今日。朝日奈さんお休みなので。お仕事頑張りましょう……」

「え……? マジで言ってます?」

「マジです。大丈夫ですよ、私も頑張るので」


 根拠のない大丈夫だった。山田君も覚悟を決めて己を殺し始めていた。


 心労ばかりが積み重なっていく。こういうときは目の前のことから。

 そもそも朝日奈さんを休ませたのは俺なわけで。山田君や部署の後輩たちの為にも、仕事から頑張ろう。



          ✳︎



 朝、パソコンと向き合い続け。昼、パソコンと向き合い続け。夕方、パソコンと向き合い続け。


 夜。やっと今日の仕事が終わった。午後八時か……。普段に比べれば少なかったのもあるが、仕事から離れる前なら定時で上がれたかもしれない。


 軽く伸びをすると横で山田君が神に感謝をしていた。天宮伊月という神に。


「ありがとう、うちの会社来てくれてありがとう! 朝日奈さんの分までこなして八時上がり、奇跡だよこんなの!」

「そんな大袈裟な。山田さんもお疲れ様です」


 山田君以外にも、皆それぞれ荷物を纏めて、初日の重苦しい空気がほんの少しまともになっていた。


「それじゃあ天宮さんお疲れ様!」


 山田君は深夜アニメが見れると喜んで、ダッシュで帰っていった。


 俺も挨拶をして会社を出る。街行く人々を見ながら、ふと考えてしまった。


 これから家に帰って、日和がいて。今日のことでも休日の予定でも。そんなことを話しながらご飯を食べて。

 そんな日になればいいなと。日和もそうしたかったんじゃないかと。思う。


 異世界に来て、初めての学校。生まれも育ちも年齢も関係ない。一緒に暮らして、そこそこ仲も良くなって。心配くらいする。


 日和も、多分同じように心配していた。


 電車を降りたら、早歩きになっていた。それは小走りになって、普通に走り出して。

 玄関前まで来たら息が上がっていた。整えて、鍵を開ける。


「おー、おかえり天宮」


 三人で鍋パーティーが開催されていた。

 

「……なにこれ」


 まるで同居人かのように藍ちゃんに迎えられる。ここ、一応俺の家だよな?


「その、すいません天宮さん。昨日に引き続き……。大変ご迷惑をかけたみたいで」


 朝日奈さんが肩身が狭そうに座っている。そして見るからに顔色が良くなっていた。


「いえ。体調はどうです?」

「おかげさまでかなり良くなりました。日和ちゃん、藍より魔法が上手みたいで」

「おい巡、得手不得手の差だ。私だってエルフなんだからな……?」


 言い寄る藍ちゃんをあしらう朝日奈さんは、魔法という単語を恥ずかしげもなく発している。


「どうやら朝日奈さんも、エルフを養ってるみたいですね」

「はい。まさか天宮さんもとは思いませんでした」


 仲間意識が芽生える。当の養われている元エルフは、何か言いたそうにもじもじと機会を窺っていた。


「日和。……その。とりあえず、ただいま」

「……おかえりなさい」


 日和に服を引かれる。座れということのようで、四人で鍋を囲う。

 レシピ通りの、標準的な鍋。誰が作ったのかと、一人しかいないだろう。


「……作ってみたの。不味くはないはずよ」


 先に行動を起こされてしまった。日和なりの気持ち。いつぶりかわからない感覚だ。


「ありがとね、日和」


 すっと、その言葉が出ていた。気まずくて、でも嬉しくて。照れ臭くなっている俺と日和を側の二人は微笑ましそうに眺めてくる。


「……それじゃ食べよっか」


 ちょっと居た堪れないのでまずは夕飯としよう。

 

 いただきますと、四人それぞれ口にして鍋パーティーが始まった。出会ったばかり、なのに俺の家で鍋を囲っている。

 わけのわからない展開。でもまあ。悪くはない、どころか。とても良い時間だった。



          ✳︎



 鍋パーティーが終わってから片付けをして、朝日奈さんと藍ちゃんは二人で仲良く帰っていった。


 となると日和と二人なわけで。話の切り出し方がわからず、風呂を済ませたらもう寝る直前だった。


 髪も乾かし終えて部屋に戻ると、日和はもう電気も消して、月明かりの下ベッドに寝転がっていた。俺も端に腰かける。無言が続くと、日和の足先が俺の腰を突いていた。


「足癖が悪いぞ」

「そこにいるのが悪いのよ」

 

 尚も足を突き刺してくる。ならばと足裏を突いたら一瞬で引っ込めた。


「日和。今日は突然だったけど。楽しかったよ。それに美味しかった」

「私は特に何もしてないわ。ご飯が食べたいと言い出したのはあのバカエルフだし、美味しいのはレシピとやらが凄いから」

「作ったのは誰だよ」

「……私だけど」


 日和は反対の壁側を向いてしまった。


「なあ。その。……悪かった。色々と気が回ってなかった」

「……高宮は悪くない。巡から聞いたの。高宮伊月とのこと。高宮は巡のためにできることをした。そこに腹を立てるなんて、それは私が悪いわ」

「そう悪いことでもないよ」


 俺もベッドに寝転がる。日和がこちらを向いた。見つめ合って、続きを口にした。


「それだけ本気で心配してくれてたんだろ?」


 日和のまつ毛が僅かに揺れ動く。


「……してない」

「いやしてた」

「してない」

「してた」


 これをら続けても終わりが見えない。日和は俺の髪を弄って、違う話を始めた。


「高宮、会社はどう?」

「相変わらず皆死んでたな。日和は、学校どうだ?」

「まだよくわからないわ。初日も、あのバカエルフのせいで散々な目にあったけれど。バカエルフが一年あそこにいたってことは、きっと面白いんでしょう」

「元ダークエルフなんだよな? 仲悪いの?」

「種族間で悪いわ。別に私とあれは悪くない。もう人間だしね」


 聞いてもやっぱりよくわからない関係性だった。あれ呼ばわりする割には嫌悪感なんて微塵も感じられない。


「今日はもう寝ましょう。明日も仕事でしょ?」

「やっぱ心配してくれてるよな?」

「してない」


 日和はまた向きを反転させる。顔が見えなくなる最後の瞬間、ほんの少し微笑んでいるのが見えたのは、追求したらまた同じやりとりが続きそうなのでやめておこう。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 今日はぐっすり寝れそうだった。


 

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