第18話 食べ盛りですね

 新たな生活に少しずつだが慣れてきた頃。神に感謝する時期が近づいてきていた。


 ゴールデンウイーク。そう。世に生きる誰もが胸を熱くする期間。のはずなんだけど。


「仕事じゃねえか!」

「言ってもしょうがないじゃない。これが世界よ、天宮ちゃん」


 お昼時。会社の休憩室で愚痴りながら昼食を共にする依川は悟りを開いていた。


「でもさあ? ゴールデンなウイークだよ? どうしてこうも全く輝いてないの?

ときめかないの?」

「ほんとにね。長期休みの時期はこいつら呪い殺したくなる……。休みに入る前から浮かれやがって……」


 依川はスマホを握りしめる。いつものことだ。同級生やら友人やら。SNSのキラッキラな投稿を見て自爆するのが依川の習性だった。


「あ、天宮さん」


 休憩室の入り口から声をかけられる。朝日奈さんだった。


 朝日奈さんは俺を見て、向かいの依川の存在に気づくとわざと臭い笑みを浮かべた。


「依川さんもいたんですね」

「いちゃ悪かった?」

「私そんなこと言いました?」


 女の人怖い。何故だか知らないが、依川と朝日奈さんは俺がこんなになる前から険悪だった。


 それと口調、危なかった。つい依川といると男っぽさが優ってしまう。


「朝日奈さん、私に用事あったんですよね? どうしました?」


 一先ず悪化する前に間に割って入る。依川の舌打ちは聞かなかったことにした。


「そのですね。ゴールデンウイーク、一日だけ休みがあるじゃないですか。……予定とか、ありますか?」


 惚ける俺と、呪詛を唱える依川と、いじらしさが目つきを貫通する朝日奈さん。


 ゴールデンなウイーク。訪れるかもしれなかった。



          ✳︎



「それでは。いつでもお返事待ってますので」


 会社帰りの駅のホームで、手を振る朝日奈さんと別れる。


 色々とおかしかった。というかずっとおかしい。俺のイメージでは、朝日奈さんは人懐っこいとか誰かと積極的に関わるとか。そういうのとは縁遠い人だったはずだ。


 昼の誘い、予定がわからないからと一旦保留にした。


 もう高宮伊月ではない。出会ったばかりの女の子同士。警戒の必要なんてないはずなのに、どうにもあの手を振る姿が、その顔が。いつかの朝日奈さんと重なった。


「ただいまー」


 家に帰ると、制服エプロンだなんて狙いすぎな格好の日和に出迎えられる。


「おかえりなさい。今日も遅いわね」


 その遅い時間に合わせて、日和はご飯を用意していた。


「今日は全部自分で作ってみたわ。私、やればできるのよ」


 得意げに日和は胸を張る。そんな日和と、こんもり盛られた白米を見て。俺はこれからの予定を言い出し辛くなっていた。


          *



「日和、大事な話がある」


 日和が作ってくれたご飯を味わいながら、一旦深刻そうな顔をしてみた。ちなみに献立は秋刀魚の塩焼き定食。どこで覚えたか知らないけど、美味い。


「なにかしら」

「いやさ、ゴールデンウィーク、1日だけ休みがあるんだけど」


 俺がその単語を口にすると、日和は若干目を見開いた。


「ほんとに? なら」

「朝日奈さんにお誘いを受けまして」


 言った瞬間、日和の瞳から色が消えていた。


「……は? もう一度言ってもらってもいいかしら」


 日和の手元では箸が震えている。いつのまに、持つのが上手くなったなあ……。


 そうやって現実逃避をしていれば、日和は鋭い目つきになりながらで橋を置き、向ける指先を光らせる。


「高宮、私我慢していたの。仕事だからって、我儘になるかと思って。で? なんだって?」

「いや、あのー…………。なんでもないです」


 負けた。圧に負けた。

 だが日和はまだ構えた魔法を解かない。


「別に行けばいいじゃない。折角転生して初めてのゴールデンウィーク。この世界にも慣れてきて、きっと楽しいことがあるんじゃないかな、なんて浮かれていた私を置いて。行けばいいじゃない」


 大層ご立腹だった。指先の光がみるみるうちに膨れ上がっていく。


 そうだよね、そんな気はしてました。なんなら誘おうと思ってました。


 でも。朝日奈さんのあんな顔、流石に無視できなかった。


「待ってくれ話を聞いてくれ。こんなことで死んだら女神様に顔向けできない」

「こんなこと?」

「すみませんごめんなさい間違えました。僕が悪いので頼むから手を下ろしてください」


 土下座、流れるようなジャパニーズ土下座。

 その姿は異世界エルフにも誠意が伝わるのか、険しい顔ながらも手は下ろしてくれた。


 日和はそっぽを向いて呟く。


「……別に、怒ってはないわよ」


 嘘だ、絶対怒ってる。


「信じてないでしょ」


 心まで読まれてる。


 短めのため息が聞こえると、日和は席を立ってスマホを持ってくる。


 見せてきた画面には有名和菓子店のお菓子。俺がぼうっと眺めていると画面をスワイプし、また他のお菓子、そしてまた他のお菓子。

 一通り見せると、日和は無言で食事を再開していた。


「えっと……。買ってきますね」


 日和は無言で頷く。

 それから食事を再開する。どうやら本当に怒りは治っているようで、俺も再び秋刀魚を味わう。


 でも、どうしよう。一つだけ言いたい。


「……お菓子、食べ過ぎじゃない?」


 即座に小さな光の玉がおでこに飛んできた。



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転性したら元エルフがついてきた 小麦ちゅるちゅる @hamhampasta

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