第13話 話を聞いてください!

 女性の身体は非力だ。男としての記憶があるから余計にそう感じるのかもしれない。


「朝日奈さん、もうちょっとだから頑張って」


 タクシーから降りて朝日奈さんを担ぐ。言ったら怒られそうだが、重たい……。ぐったりしていて、話しかけても終始言葉にならない受け答えしかしてくれなかった。


 泥酔した後輩を放置はできない。かと言って家は知らないし、聞いても答えてくれないし。ホテルも……、なんかやらしいし金の無駄だし。後服も洗濯しないと。


 そんなこんなで、自分の家に連れ帰ってしまっていた。大丈夫、女の子同士で間違いなんて、ない! よな……?


「やっと着いた……」


 玄関前まで来て、音を立てずに鍵を開ける。

 部屋に入ると日和はもう寝ていた。


「制服のままじゃん……」


 胸を撫で下ろす。

 何を怯えているのか。と言われれば。なんとなく、怒られそうな気がした。


「朝日奈さん、まだ意識ある?」

「ああ……あうう…………」


 ほぼなかった。一旦クッションを枕に寝かせて。……俺は途方に暮れた。


 朝日奈さんの朱く染まった頬。荒い息遣いに艶のある唇へ目が奪われる。鎖骨が覗く乱れたスーツに、強烈な吐瀉物の臭いが思考を狂わせる。


 これを、脱がせなきゃいけない……。


 それは駄目だよな……。でも女の子同士だったら? いいのかもしれない。知らんけど。

 もしいいのなら。ここで脱がさなかったら、自分だけ吐瀉物から解放された自己中野郎になる。


 ……脱がすか。見なければ多分セーフ!


 朝日奈さんに手を伸ばすが、触れる前に止めてしまった。閉じていた目も開けてしまう。


「やっぱ無理だ……」

「何が無理なのかしら」


 ホラー映画並みの悲鳴が出そうになった。

 

 口元を押さえて横に首を曲げると、日和が汚物を見る目でベッドに鎮座していた。


「高宮。何か言うことは?」

「日和様。これは……、そう! 汚物は消毒だー! なんつって」

「死ね」


 日和の指先が青白く輝く。

 

 僕の人生はここまでみたいです。



          ✳︎



「日和さん。勘違いさせたのは悪かったけど。これどうすんの」

「明日以降に直すわ……」


 ぽっかりと壁に開いた穴。日和が放った魔法は、俺の髪すれすれを掠めて後ろの壁を貫通していた。


「まあでも。ありがとな。日和がいてくれて助かった」


 ベッドを見れば、綺麗な服を着て朝日奈さんは寝ている。


「初日からあの惨状。高宮は吐いたり吐かれたり、何かと縁があるのね。臭すぎて目が覚めた」

「ほんと、すまんね……」


 誤解を解いてから、着替えや下着の洗濯なんかは日和に手伝ってもらった。


 意外だったのは、魔法を使わなかったこと。頼りがちな日和が一度もそれを口にしなかった。


「なあ日和。悪いことじゃないとは思うんだけどさ。魔法は使わなくてよかったのか?」

「……いいのよ、別に。そんなことより! ちょっと座りなさい」


 はぐらかされたような気もするが、言われるがまま机に向かい合って座る。

 凄くわかりやすかった。日和さん拗ねている。


「高宮。今日は初日で月曜日よね? 依川から聞いたことあるわ。私が見てきた冒険者ならまだしも、この世界の会社員は週の初めからこんな惨状にはならないって」


 説教モードだった。いい歳したおっさんが異世界エルフに常識を説かれている。


「……はい、おっしゃる通りで。社会人としての自覚が足りませんでした」

「私もいるのに女性を易々と家に持ち帰って。何を考えているのかしら。大体、早く帰ってこようとか思わなかったの?」

「思いました。はい。思ったんですけど、放っておけなくて……」

「……そう。なるほどね。私よりもそっちの女のほうが大事ってことね。よくわかったわ」


 日和は拗ねたまま弁明も許さず、部屋の明かりを消しにいく。


「あ、あの……、日和さん」

「おやすみ高宮」


 キレ気味で明かりを消して、日和はクッションを枕にして寝てしまった。


 ベッドもクッションも先客あり。


 どうやら今夜は床に直で寝るしかないようだった。

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