第9話 ついに始まります
「……いよいよ犯罪っぽさが増してきたな」
くるりと一回転してみせる日和に向かって思わずそう溢してしまう。着てる服一つでこんなに見え方が変わるのか。
「高宮。私をそういう目で見てたの?」
「俺は天宮。日和も天宮。我々は親族です。そういうもなにもありません」
雑な揶揄いに雑な返答をする。
日和は念願叶って(本人だけはさらっと合格したつもりでいるけど)、高校への入学が決まった。依川の言っていた制服モチベーションはかなり効果があったらしい。
選ばれたのは紺のブレザー。ネクタイを締めて、どこで覚えたのかスカートも折れば、もう女子高校生だった。
ここから少し遠目の高校、偏差値も低くはない。それでもこれを着たかったようで、まあ似合ってはいた。かなり。
「とりあえず、合格おめでとう」
「高宮もね。というか、それはもう聞いたわ。今日は制服お披露目初解禁したのだけど。言うことない?」
「……おじさんは何を言ってもおじさんだから。日々発言には気をつけてるの」
セクハラとかパワハラとかセクハラとか。
それならばと、日和は趣向変えてくる。
「伊月お姉ちゃん。どうかしら」
ちょっと、ときめきかけた。お姉ちゃん呼び、案外悪くない……。妹だと思うとその微笑みが天使に見えてくる。調子に乗りたくなってきた。
「……お姉様って呼んでみて?」
「今のはおじさんを感じたから却下ね」
「日和。おじさんに向かっておじさんって言わないでくれ。効く」
まだ、ぎりぎりおじさんって歳でもない、はずだから。自分以外に言われると堪えるものがある。見た目ではなく、精神の問題。
それを聞いて日和は詰め寄ってくる。楽しげに。
「高宮おじさん。どこの世界でも女の子は素直に褒めたほうがいいわよ」
「おじさん言うな……!」
「高宮のおっちゃん。人間は歳とると時間があっちゅう間に過ぎるってほんまなん?」
「関西弁なんてどこで覚えた!?」
「じいさん。加齢臭超えて腐敗臭がしてる」
「それはもう死んでる!」
「伊月お姉様」
唐突に、日和はそれを口にした。
「これでいいかしら?」
詰め寄って、手をついて見上げる俺の上で仁王立ちをする。
なんだか、この組み敷かれている感覚、別の意味でときめきそうだった。
「言うことは?」
「最高に可愛いです日和様」
日和は満足そうにはにかむ。
その場のノリもあるけれど。わからされていた。言わされていた。特段悪い気もしないのが、タチが悪かった。
✳︎
「日和ちゃんかわいいーーー!」
家に来て日和を見るなり依川は飛びつく。
「さりな。離れないと片腕消し飛ぶわよ」
「飛ばさないくせにー」
この二人。知らぬ間に打ち解けていた。ただ依川の扱いにまだ慣れていないのか、日和劣勢になることが多い。今も依川が剥がせなくて、手をから何か出すのを耐えながら俺に助けを求めていた。
「依川。そこまでにしないと俺が消し飛ばされそうだから」
「いいんじゃない?」
いいらしかった。二度目の人生、短かったな。
「日和ちゃんおめでとー! 四月からJKだね。高宮も。四月から地獄だね……」
依川はここまでのおめでたムードを掻き消して現実に戻る。俺まで闇に引きずり込まれてきた。
「よくわからないわ。人間っていつもそう。嫌ならやらなきゃいいのに」
日和は力の抜けた依川を撫でながらぼやく。仲がいいことで。
「日和ちゃん。それが人間ってもんよ。損得勘定抜きにして、時には優先度が自分より他人のほうが高くなっちゃうの。例えばそこの人とかね」
依川と、それに日和も。二人してこっちを見ながら妙に微笑ましくなっている。
「なんだよ……」
むず痒くてその視線から逃げようとしても、
「別に?」
「なんでもないわ」
逃げられている気がしなかった。依川はまだしも、日和まで。余計にむず痒い……。
「それにしてもさ。改めて聞くとしっくりくるよね」
「そうなんだよな。違和感がないのが違和感」
依川の言うことは非常によくわかる。本人は何のことか話の流れが掴めていないが。
日和。漢字にしたとき、どうして今まで気づかなかったのか自分の頭を疑った。名前が日本に馴染み過ぎている。
「日和。その名前、本名なのか?」
そこで日和は理解して。何故か謎めいた笑みを浮かべる。
「さあ。どうかしらね」
三千年生きたエルフの顔だった。教えてくれる気はないと。言いたくないならそれでいい。
「それよりさりな。……私、やっていけるかしら」
新しい環境に対する不安。気持ちはわかるが、日和にしては弱気だった。
「大丈夫よ。日和ちゃん学習能力異様に高いし、この短期間でここまで来れたならこれからもやっていける」
「でも。私やっぱりズレてるのよ。この短期間でも、高宮と暮らしてて考え直すことが多かった」
確かに。片付けないし、すぐ魔法を使おうとするし、規格外に歳上だからか変に優しかったりするし、かと思えば子供っぽかったりするし。
たまに、三千年の重みを感じるし。
人らしくない部分はあるのかもしれない。でも。
「それこそ、大丈夫だよ」
俺が言うと、日和は疑いながらも耳を傾ける。
「いいか日和。人間はおかしなやつばっかだからな。例えばそこのやつ。俺や日和を見て狂ったように興奮するだろ? もはや人じゃない」
「おいこら失礼だろ!」
何か怒っているが、依川に失礼とか言われる理由がよくわからなかった。一度自分の行いを省みてほしい。
「……そうね。狂っていたわ」
「日和ちゃんまで……!」
日和が一考した結果、依川は狂っていると結論づけられました。
「だから問題ない。お互いズレた部分を擦り合わせるためのコミニュケーションを大事にすればいい。元エルフでも普通の人間でも、そこは変わらない」
「……それは、わかったわ。私にできるかどうかは別だけれど」
「方法に困ったら俺か依川にでも聞けばいいよ。これでも人間歴二十七年。そろそろおじさん、だからね……」
言ってて悲しくなってくる。説教くさくなってしまうところまでおじさんだった。
ここぞとばかりに依川が息を吹き返す。
「そこのおっさんは頼りにならないから、いつでも私に聞いてくれていいよ。これでも元芋女。女子のあれこれには、人一倍敏感だからね……」
駄目だった。一瞬で萎れていた。
いい歳して禍々しいおじさんおばさん、あまりに頼りない。これでは役に立つどころか不安を煽ったかと思ったのだが。
「人間って大変なのね」
日和は俺たちが面白かったのかくすりと笑う。
「私にもできる気がしてきたわ」
それならよかった、のか……?
若干馬鹿にされているような、いないような。でも俺も依川も、そんな日和を見て悪い気はしていなかった。
✳︎
「日和。荷物ちゃんと持ったか?」
「馬鹿にしないで。私は」
「朝の忙しい時間にそれはいいから」
四月。桜舞い散る出会いの季節。
スーツを着たおっさん美少女と制服を着た元エルフが慌ただしく玄関へと向かう。
扉を開ければ、春の暖かな空気だった。
鍵を閉めたら、いよいよ始まる。
何となく目が合った。
ちょっとの不安と、ちょっとの高揚と。二人で頑張れる安心感。
とりあえず駅までは一緒だから。歩き出した。
————いってきます。
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