第7話 女の子って
今現在二月。ちょうどいい、のだろうか。新たな門出を祝う季節。四月まで二ヶ月。学生と、女性としての心得などなどがそれまでに間に合うかは未知数だった。
「なんか、自分の部屋っぽくなくなってきたなー」
女性物の小物やヒヨリが脱ぎ散らかした、その。下着とか。
男の部屋っぽさが日に日に消えていた。
今日は休日。いつも休日だろというのはさておき、依川先生によるヒヨリへの「現代日本におけるマナー講習」が開かれていた。
かれこれ二時間はああして机に向かい合っている。エルフは探究心が強いのか、ヒヨリが特別その傾向が強いのか。未知数ではあっても、あの調子ならヒヨリのほうは案外問題はなさそうだった。
俺は溜まっていた洗濯物でも始末しようかと、服を回収する。
ここ最近の生活で、女性の方々には頭が上がらなくなった。
とにかく日常の至るところで面倒が多い。洗濯もそう。男のときはなんでも洗濯機に突っ込んでおしまいだったのに。やれ下着は手洗いだの、服は色毎だの洗濯ネットに入れろだの。一度全部そのまま洗ったら依川に怒鳴られた。
あいつは厳しい。まあ早く覚えなきゃだからありがたくはある。
洗濯に洗い物。諸々掃除もして。あっという間に夕方だった。
「二人ともー。夕飯の買い物行くけどどうする?」
依川が際限のない探究心を前に魂が抜けかけていたから、休憩がてら誘ってみる。
「私は休ませて……」
「連れてきなさい」
勉強も教えていたのか、懐かしい参考書の上でくたばったおばさんと元気いっぱいの元エルフ。年齢の壁をかんじるなあ……。
「じゃあ行くか」
「ちょっと待ちなさい」
おばさんが蘇った。
「ただスーパーに行くだけだけど、ちゃんとおしゃれしていきなさい」
「はあ? いいだろジャージで。ジャージ最強」
「駄目。時間ないんだから機会は逃さず早く女の子に慣れろ。後口調」
「じゃ、ジャージ最強ですわ!」
もう何度目だろうか。また依川に叱られてお嬢様が憑依してしまった。
仕方なく鏡の前に座る。胡座で座りかけて殺気を感じたからお淑やかに座り直した。
「それでよし。まあ今日は簡単にでいいか。ほら高宮ちゃんと見てて」
顔に謎の液体が塗られていく。下地? にそれからパウダー。目元や眉毛も依川の手にかかれば完成まで大して時間もかからない。
最後にリップを塗って。鏡を見れば美少女に更に磨きがかかっていた。
「お前まじでうまいな」
「そりゃね。そもそも高宮君の顔が良いからってのもあるけど。妬ましいことに……。髪は自分でやってみて」
そう言われてしまったので、やってみる。
まだまだぎこちなくはあるが、簡単に巻くくらいならできなくはなかった。
髪も完成して、服は着替える。姿見で可愛くなれていることを確認して、やっぱり口角が上がりそうだった。
「ねえ高宮君。スカート好きなの?」
依川がまた楽しそうに鏡を覗き込んでくる。
確かに、今日俺が選んだのはスカートだった。僅かに透けたフレアスカート。
「別に。たまたまですけど」
「へえー? まあいいと思うよ。可愛いし。でも私としてはこっちを履いてほしいかなー。高宮君足長くて程よく引き締まってて正直興奮するんだよね」
かなり短いスカート片手に俺の脚をじろじろ見てはあはあ言っていた。実のところ興味はなくはないけど。言ったら襲われそうなのでやめておこう。
準備を済ませて、依川に見送られながらヒヨリと家を出た。
因みにヒヨリはちゃっかり自分でメイクを済ませていた。この元エルフ、学習能力が高い。
「高宮。異世界の人間は楽しいわね」
「そう? それならいいけど」
「依川はいい子だわ。それに、女の子の楽しさを教えてくれる」
ヒヨリが魔法について話したとき、少なくとも穏やかではなかった。こういうことが、向こうの世界ではできなかったのかもしれない。
「ヒヨリ。今日は何食べたい?」
「カレーね」
「はいはい。お菓子は三百円までだからな? こっそりカゴに入れんなよ」
「伊月ちゃん。口調」
「こっそりカゴに入れないでくださいまし」
「下手くそね」
「うるせ」
過去がどうだったかは知らないけど。今こうして笑えているならそれでいいか。
✳︎
「ご馳走様」
ヒヨリはカレーを食べ終わるとすぐさまその場に寝転ぶ。それが誰の影響か。隣を見れば一目瞭然だった。
「こらそこの二人。寝るな。食器を片付けろ」
「高宮。お腹いっぱいになったら寝る。それの何がおかしいの」
「高宮君よろー」
依川のせいでヒヨリに悪影響が出ていた。一応客人の分際でこのだらけっぷり。今に始まったことじゃないから、もうこれが標準になっていた。
諦めて全員分の食器を洗っていると珍しく依川がこっちにやってくる。
「手伝う気になったか?」
「いや? ヒヨリちゃんの学校、どうすんのかと思って。まだどこ行くかも決めてないでしょ?」
「あー。まあ適当に近場でいいだろ」
「いいわけねぇだろ。制服よ? 制服。どうせなら可愛いの着たいだろうし、勉強のモチベーションだって何かあったほうが絶対いいよ」
「お前が可愛いの着せたいだけだろ」
「まあね」
正直な女だった。
「そうだな。制服か。高いよな……」
「なんなら出そうか?」
「いいよ。色々してもらってばっかだから」
お金の問題はともかく。ヒヨリの制服姿。
「めっちゃ見たいな」
「なら働かないとね」
にっこり笑顔ですぐさまお金の問題に引き戻される。
そう。じわりじわりと、その日が近づいていた。
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