第6話 ワクワクショッピング!!

 女子の買い物は長いってよく言う。


 甘く見ていた。長い。長いし疲れる。回る数が尋常じゃなかった。


「なあ依川。もうよくない……?」

「よくない。可愛いいんだから、女の子の嗜みは一通り覚えなさい」

「なんか、楽しそうだな」

「二人も侍らせてるからね。見せびらかしたい!」


 本音がダダ漏れだった。


 どこに行ってもあれ可愛い、似合いそうって。基本依川がヒヨリにべったり。ついでに俺にもアクセサリーだのコスメだの勧めてくる。ヒヨリもやはり女の子で、時間を忘れて楽しんでいた。


 そんな中でも特に長いのが、服選び。


 店に入ると依川は早速服を手に取ってヒヨリに上からあてる。


「んー、いいね…。ヒヨリちゃん。金髪美少女は白のワンピースって相場が決まってんのよ?」

「何この服……。着ていいの……?」

「試着室へれっつごー! あ、高宮君はこれね」


 依川は俺の分まで即座に見繕う。


 渡されて試着室にはいると、かなり露出度の高い服だった。

 ミニスカートにショートブーツ。肩や鎖骨は惜しげもなく出されていて、着るのを躊躇う。でも、一応? 女の子になったわけだし? 着てみた。


 鏡を見たら、ドキドキした。


 気恥ずかしくはありながら試着室を出て、


「依川……? どう……?」

「……高宮。抱かせて」


 その瞬間依川に抱きしめられる。

 あ、凄い。嗅がれてる。胸を堪能されてる……!


「おい! 離れろ!」

「ああごめんごめん。あまりの可愛さについ……」


 離れても依川の息は荒い。女の子同士って皆こうなのか……?


「で、どう? 感想は」


 言ってみろと依川はにやつく。この顔は察している。いるのに、わざわざ言わせようとしていた。


「……まあ。何? ……女子がおしゃれする理由。わかった気がする」


 鏡を見たときのドキドキ。自分を「可愛い」って思えるあの瞬間は何ものにも代え難い、と思う。少なくとも俺はこんなの初めてだ。


「そっかそっかー。赤くなっちゃってまあ。見てると興奮してくる」

「もう抱きつくなよ……?」


 身を、胸を守りたくなる。ただその仕草が決めてとなったのか、「我慢できん!」とじりじりと迫り来る依川。こうなったら反撃でもしてやろうかと思ったところで隣のカーテンが開かれた。


「高宮……?」


 依川の時が止まっていた。正直俺も止まりかけた。


 ちょこんと顔を覗かせたヒヨリが伺いながら出てくる。反則級だった。顔立ちがこの世界と違うんだと直感的に理解した。


 ——御伽噺の美しさ。


「……感想が、ほしいのだけれど」


 真っ白だ。ヒヨリの居心地が悪そうに抱える腕は白く艶やかで、俺まで「我慢できん!」とか言ってしまいそうだった。


「ヒヨリちゃん。世界で一番可愛いよ。結構ガチめに、冗談抜きで」


 依川の目の血走りようは抱きしめるどころじゃ済まなそう。でもヒヨリはそんなの気にせずに、顔を伏せたまま視線を俺に向けてきた。


「どう……?」

「……えっと。可愛いよ。下手なこと言いたくないくらい」

「そう。ならいいのだけど」


 不合格では、ないのかな。ヒヨリは上機嫌に駆け寄ってくる。


「そっちも可愛いわよ。伊月ちゃん」

「それはどうも……」


 こんなこと言われ慣れてないから。反応に困る。


 それに、なんだろう。またドキドキしていた。



          ✳︎



 休憩中の女の子と言えば? そうだね、甘いものだよね。


 買い物に一区切りついたところで休憩していた。ヒヨリの食いつきが異常に良かったクレープを食べながら。


「疲れたなー……」

「私も。興奮しっぱなしだった」


 それはどうなんだ。疑問ではあるが、それで依川が疲れて落ち着いてくれているからよしとしよう。


 クレープを食べる女子三人。服も着たまま買ったからもう残念なジャージではない。勘違いではなさそうだった。可愛い子の宿命なのか、よく見られる。


「高宮、脚」

「おっと。サービス精神旺盛でした」


 依川に指摘されないと自分がスカート履いているって忘れてしまう。染みついた二十七年。これは時間がかかりそうだ。


「高宮、もう一つ食べてもいいか?」


 ヒヨリのおねだり。もうこれでクレープ三つ目だった。


「ヒヨリ、食べ過ぎ。後しんどい。もう立ちたくない」

「なら私が買いに行くから!」

「……それはありかもな」


 この世界に慣れるには丁度いい。


「買ってこれそうか?」

「舐めるな。私は」

「はいはい三千年エルフな。これ財布。わかんなくなったら呼べよ」


 ドヤ顔エルフキャンセル。ヒヨリはちょっと不服そうだったが、財布を渡すとご機嫌で買いに行った。


 呼ばれてあそこまで行かなきゃなのかな、なんて。ヒヨリの後ろ姿は心配になってくる。


「大丈夫かな」

「大丈夫でしょ。ヒヨリちゃん、今日ずっと高宮の買い物を観察してたから。常識とかはまだあれだけど、お金の種類とか物の相場はある程度覚えたみたいだよ」

「へえ……」


 二人して見守る。これでは俺たちがヒヨリの保護者みたいだった。


「ねえ高宮君。もう一度聞くけど。どうするの?」

「これから、だよな。……今日一日、考えてたんだけど。一つ頼まれてくれないか?」

「貸し一つね」

「わかったよ。……あのさ。俺会社に戻ろうと思う」


 何言ってんだこいつ。依川はそう言いたそうだった。


「その顔やめろ……。馬鹿な選択だとは思ってるよ。でも今日のヒヨリ見てて、見捨てるのはありえない、とも思っちゃったんだよな。学校にも行きたがってたし、だったら稼がないと」

「だからってうちの会社はないでしょ。ないない」


 依川は「考え直しなよ」と呆れていた。でも、


「いいやあるよ。お前がいる」


 一人だけ先に行くのはなしだ。


「約束しただろ? 一緒に頑張ろうって」

「た、高宮ぁ……」


 依川は感動に紛れて抱きつこうとしてくるから首根っこを掴んで止めた。今日の学びだ。これで止まる。


「てなわけで。色々と手伝ってくれ」

「わかった。馬鹿な高宮の為に手伝ってあげる」


 こいつと友達でよかった。そんな感想がすっと浮かんだ。


「それはそれとして高宮君。あれ、止めなくていいの?」

「……もう、手遅れっぽいだろ」


 両手一杯にクレープを抱えた女の子が一人。こちらが気づくより先に会計を済ませて満面の笑みでこちらに向かってきていた。


「高宮君。これから大変だろうけど頑張ってね」

「依川。もう一つ頼まれてくれ」

「これで貸し二つだよ」


 異世界エルフの教育。子供ではなく異世界の常識を身につけた推定三千歳。

 これはなかなか。難易度の計り知れない課題だった。

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