第10話 初日は誰だって辛い 会社編①
空気が最悪だった。数ヶ月前俺がいた頃よりも、断然。
「天宮伊月です。前職もエンジニアをやっていました。慣れないこともあると思いますが頑張りますので、よろしくお願いします」
今日から勤務の会社。配属された部署で、ぺこりと頭を下げる。声の抑揚、仕草なんか結構練習した。せめて、そこそこにでも好感触であれば。そんな次元を超えていた。
全員下を向いている。こっちを見てもいない。形ばかりの拍手で新人の相手なんて誰もする余裕がない。
「いやー助かったよ天宮君。実は一人急に辞めちゃってね。そういえば君と名前が似ていた、ような気がするよ。とにかく頑張ってね」
挨拶を見守っていた部長がそそくさと部署から出ていく。
相変わらず呑気なじじいだった。似ているどころかたった一文字違いなのに、気がするで済んでしまう。それだけ見ていないってこと。
そんな部長より、今は関係構築だ。用意された、というか俺が今まで座っていたデスクにもう一度座る。辛い思い出ばかりが蘇るなぁ……。
「あの。天宮です。よろしくお願いしますね」
隣の席の山田君。一個下で、ストレスによる体重の増加が長年の悩み。
「ああ……、よろしく。早速で悪いけどこれお願いします……」
うわあ……。
振られた仕事を確認して、声に出さなかっただけ褒めてほしい。
経験ありとはいえいきなり新人に重めの仕事を任せるスタイル。期待を裏切らないぜこの会社。
それと、山田君は三次元の女の子苦手だったな。作業の手が時折り震えている。
「山田さん。その子、推しなんですか?」
「え!? えっと、はい……。そうです……」
話しかけられて山田君は更に緊張する。解したくて、デスクのフィギュアに話を向けただけなんだけど。
「私もそのゲームやってたんですよ。いいですよね」
「ほ、ほんとに!? あ、ごめんなさい。急に興奮して……。天宮さんみたいな人がガチではやらないでしょうから、ついオタクのよくないところが出かけちゃいました……」
「すいませんぼくみたいなのが」なんて、誤魔化し笑いをする山田君。卑屈なのは変わっていなかった。全くもうと、言いたくなる。
「……舐めないでください。隠しルートまで全てクリア済みです!」
「な、なんと……!」
山田君は仲間を見つけた目をしている!
某有名RPGゲーム。男の子なら必修科目だ。
「今度、飲みに行ったときにでも話せたらなって思ってます」
「勿論!」
好きなことなら。山田君の緊張は一気に解けていた。
「なので。お仕事、頑張りましょうね」
「は……はい! お互いに、困ったらいつでも言ってください……」
今打ち解けかけたのに。山田君は突然慌てふためいて仕事に戻ってしまった。
依川の指導通り愛想良くしたら、また緊張させていた。笑顔を振りまくのは当分控えておこう。
✳︎
久々の仕事はやっぱり疲れる。
昼休憩に、肩の調子を心配しながら自販機までやってくると依川と鉢合わせた。
「お。たか……。天宮ちゃん。初日はどう?」
「しんどいな……。仕事量は相変わらずだし、初日でしょうがないけど異物感が否めないし。……俺がいなかったせいで皆死にそうになってた」
結構際どいところで回っていた仕事。軽くではない皺寄せが皆にいっていた。
「まあ、仕事はできたもんね。仕事は」
「依川さんそこ強調しないでください」
「後輩たちが心配で戻ってきちゃうなんて、お人好しにも程があるよ」
依川は自販機で買った珈琲を投げ渡してくる。落としかけてしゃがんでキャッチした。
「咄嗟のしゃがみ方も女の子。合格! じゃ、私戻るから」
何か言い返す隙も与えず依川は行ってしまった。
缶を開けて珈琲を流し込む。
長い付き合いというのは稀に怖くて、稀にありがたい。珈琲を飲みたかった気分なのは合っているし、それはいい。
ただそっちの理由は、一応隠しているつもりだったんだから。口にはしなくたって。
そう言われるから、すぐさま去ったんだろうけど。
飲み干したら缶を捨てる。ちょっとやる気が戻っていた。後半日、かどうかは定かではないが、頑張ろう。
✳︎
さてさて、今日は何時に帰れるかな。
遅めになっても、せめて日和と夕飯は一緒に食べたい。そう思っていたら、まさかの残業が一時間で済んだ。
「本当にいいんでしょうか」
「いいんですよ。天宮さん、初日にしてはかなりこなしてくれましたし、疲れたでしょうから。後はやっておきます」
山田君が引き受けてくれた。キメ顔で。
愛想と笑顔は振りまいとくもんだな。ありがとう山田君。今日は帰らせてもらおう!
「お疲れ様です」
荷物を纏めていると、後ろをさっと人が通る。無機質な挨拶だけして帰っていく後ろ姿がよろよろの女の子。
「それじゃあ山田さんお疲れ様です! 後はお願いします」
挨拶もそこそこに急いで追いかけた。
あの子が、一番の心配だったから。
「あの! 待ってください!」
よろよろなのに歩くのが早い。会社の外で声をかけて、やっと追いついた。
「あなたは、新人、さん?」
いまいち確証がないようで。今朝挨拶したのに。まあ見てなんかいなかったから、予想通りの反応といえばそう。
久しぶりに顔を、朝日奈さんを見て。その目は大分澱んでいた。
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