第4話 暴力はよくないって

 タバコおいしい。人生最高。肺が幸せ。

 換気扇の下、それだけで頭を埋めていた。依川が聞きたくもないことを言ってくるから逃げてきたのだ。


 現実問題、今後を考えたら焦る。大して使いもしないから貯金はあっても、無限じゃない。


「高宮、それはなに」


 深く吸った煙を吐き出すと、ヒヨリが部屋から出てきていた。煙に興味津々だ。


「……駄目だぞ?」

「なぜ」

「未成年は吸えません」

「ならいいわね」


 平然と奪い取ろうとしてくる。油断も隙もない。


「駄目だって言ってるだろ」

「ふざけないで、三千年は生きたエルフよ。駄目なわけがない」


 上に避けるとヒヨリも手を伸ばしてくる。身長差で届かないのに諦めてくれない。終いにはしがみついて手を下ろさせようとしてくる。


「おい、危ないから離れろ。大体今のお前は人間の明らか未成年。もうエルフじゃない」


 ヒヨリは「だったら」と俺から離れると耳に手を添える。やっと落ち着いて吸えると思ったらそんなことはなかった。


 添えていた手を退けたらぴょこっと長い耳が現れる。恐らく、魔法で生やしたエルフの耳。


「これでいいかしら?」

「いいわけあるか!」

「駄目か……」


 耳はすぐに人間のものに戻る。今度こそ諦めてヒヨリはその場にしゃがみ込んだ。


「戻れよ。この煙は体に悪い」

「え? そんなの吸ってたの? 早く回復を」


 何か手をこねこねしだす。魔法でも出てくるんだろうか。


「落ち着け。すぐにどうこうなるものじゃないから」

「そ、それならいい。の……?」

「いいんだよ。それより、なんで依川の前で魔法使った」


 信じてくれたし問題も起きなかった。ただそれは相手が依川だったから。


 ヒヨリは簡単に言ってのけた。


「だって。あなたはあの女のこと信頼してるでしょう?」

「何を根拠に」

「舐めないで。三千年は生きたエルフよ。それくらいわかる。見てて焦ったかったのよ」

「……だとしてもだ。魔法なんてものは不用意に他人に見せびらかすな」

「それは、重々承知してる。人間とって魔法は畏怖の対象だから」


 言葉の節々から重みを感じる。異世界の重みか。


 ヒヨリがどれだけ魔法を扱えるのかは知らない。ただ、自らの手を眺めるヒヨリは、決して気分がよさそうではなかった。


「高宮。それはいつ吸い終わるの」

「んー、そろそろ?」

「そう」


 ヒヨリは何かそわついていた。まさかとは思うが。一応聞いてみるか。


「……依川と二人きり。気まずい?」

「……そんなことはない」


 そんなことしかなさそうだった。強がってる子供みたいで可愛いな。


「そっか。三千年生きたエルフでも気まずいのか」

「……馬鹿にしてる?」

「いや、してないしてない」


 むっとしたヒヨリの足が飛んでくる。地味に痛いくらいには本気の蹴りだった。


「痛いです」

「あなたが悪い」

「下、見えてるぞ」

「……いつか殺す」


 宣言ついでにもう一発蹴られた。痛い。


「殺したらお前生きてけないだろ。……学校、行きたいのか?」

「そういうところがあると、話には聞いている。駄目か?」

「駄目じゃないけど。大変そうだな……」


 常識知らずで身元不明。面倒ごとは多そうだった。でも、場合によってはいけるかもしれない。


「ヒヨリ。魔法って便利か?」

「便利ね」

「都合のいい展開にできちゃうくらいには、便利か?」

「この世界ならそこそこ勝手ができちゃうくらいには、便利ね」


 不敵な笑み。謎の意思疎通。やはりどうにかできそうだった。ヒヨリは一応、と。ちょんと指先を俺に当てて忠告をする。


「悪巧みはほどほどにね」

「わかってる。一般的な生活をするための最低限に留める」


 何故か何度も突くからやめろと手を突き返す。するとまた突かれる。指先の応酬。もう鬱陶しいからその手を掴もうかと思ったとき、部屋のほうから気だるい声がした。


「ねえお二人さん。そのいちゃいちゃ私いつまで見てればいいのー?」


 寝そべった依川が部屋から顔だけ出して覗いていた。


「生首かよ」

「生首でも何でもいいけど。準備して」

「なんで」

「買い物よ」


 依川はそれだけ言って引っ込んだ。

 買い物って、何を。準備するにしたって、したって……。


 合点がいった。言われてみれば、着る服すらない。生活の諸々、足りない物ばかりだった。

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