2023/05/11 運が悪い

 胸の中がナイフで刺されまくったように痛む。もちろん実際にナイフで刺された経験はないからあくまで比喩だが、要は鬱の症状が悪化して苦しくて何もできないという状況だ。

 何とか気分を変えようと、私は手を尽くした。薬を飲み、お茶を飲み、おやつを食べ、犬を撫で、犬の散歩に行き、筋トレをし、床にうずくまり、ウオオオオと低く声を上げた。どれも不発だった。

 何も解決しないまま出勤時間になった。最悪……とまでは言えない。働く、となると強制的に気分がシャキッとするので、悪いことばかりではないのだ。


 今日は余裕を持って出勤しようと思い、普段より早い時間に家を出るつもりでいたら、直前に物凄い音を立てて雨が降り出した。

「ウッソ!?」

 これでは自転車は使えない。徒歩で行くしかない。当然、通勤時間は長くなる。余裕も何もない。ギリギリだ。

 天気予報を見ろよという話であるが、これも今更言ったところで詮無い。幸い支度は済んでいたので、急いで荷物と傘を引っ掴んで走り出した。

 大粒の雨が滝の如く容赦なく叩きつけられ、地面は川のようになっている。すぐに靴下がずぶ濡れになって不快だった。


 それでも頑張って走ったお陰で、遅刻はせずに済んだ。

 今日のシフトは店長と二人である。


 店長は副店長のことで悩んでいるようで、始終文句を言っていた。

 私の中では評価の高い副店長だが、店長や上の方々からは厄介者扱いされている。ミスが多いだけでなく、正社員としての自覚がないそうだ。

 ミスもバイトが指摘して未然に防げるものだけではない。例えば今回は二回連続で食洗機の電源を切り忘れて帰ったので、上の方々も頭を痛めているという。それから、副店長として事務作業などを任されていてもやらないし、そもそも仕事はアルバイトでもできる範囲のことしかやりたがらないとか。

 大変なんだなあと私は他人事のように思う。


 私は、私自身に危害が及ばない限り、他人の短所などには興味がない。店長には気の毒だが、内心は「ふーん」としか思わない。


 店長が大っぴらに愚痴を言うのに対して無難に相槌を打ちながら、今日もぱたぱたと歩き回って働いた。特段混んではいなかったが、コンスタントに客入りがあって、一息ついたりする暇はなかったので、やはり終わった頃にはそれなりに疲れていた。


 さあ、帰るか。……徒歩で……。

 今日は運が悪い。胸が痛かったわ、客は多いわ、自転車は使えないわ……。

 げんなりしてしまった私は、寄り道してコンビニに入り、お菓子を五つほど購入して帰った。

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