第14話 燃える館
「母上は泣き崩れ、気を失われたぞ。ユーサリオン、お前は、この家屋敷だけでなく、誰よりもお前を愛している母上までその手にかけるつもりなのか?」
「だっ、誰が、そんなことを! 僕は、母上には……父上にだって……」
剣を父に向けたまま、ユーサリオンは涙を流して首を振る。
その震える手を強く握りしめたのは、コローデンだった。
「敵は、あなたを惑わすものです。お聞きになりませんよう。誰か! 誰でもよい! パイシーザーを討ち取れ! 一番の褒美を取らすぞ!」
折よく命令の届いた賊が二人きた。
背後に、通路をふさぐほどの巨大な牛を連れている。
二本の大角を振り立て、タテガミを踊らせながら、牛は炎を吹き出した。
あっという間に焼き尽くされるパイシーザー……と思いきや、一瞬で消失したのは炎のほうだった。
焦げ跡一つないパイシーザーの背後に、雄羊の角、鹿の体、虎の尾、牛のヒヅメを持つ、大きな四つ足の獣が堂々たる姿を現す。
その、際立って珍奇ながら雄々しくも優美な姿に、コローデンは見覚えがあった。
「あ、あれは
「我が戦友を婿殿に見せてやろうと、呼び戻していたのだ」
その偶然は、パイシーザーを救うかわりに、その息子の精神をさらに追い詰めた。
「やはり、すべては罠だったんだ。僕をおとしいれるために、あなたは周到に準備を重ねていた!」
コローデンもうなずく。
「左様。この卑劣漢から、栄光あるパラタインヒルを取り戻すことこそ若殿の使命。さあ、ひとまず、母上のもとへ。パイシーザーの魔の手からお救いせねば」
コローデンは、さらに駆けつけた二人にもパイシーザーの始末を命じると、もはや泣き叫ぶほか能のない若き主人の手を引いて、通路の向こうへ駆け去った。
新たな二人は、二足歩行のカエル型モンスターを二匹連れていた。それぞれ、赤い三節棍を手にしている。
「招かれざる客どもめ。このパイシーザー、パラタインヒルに仇なす者を許しはせん!」
雷麒がその立派な角を振る。
すると、いかづちの刃が敵へ走った。
すかさず、牛が炎を集めてこれを相殺すると、続けざまにカエルが天井すれすれまで跳躍して向かってくる。
雷麒も飛び出し、一本の棍を角で受けつつ、もう一匹に蹴りを食らわした。
そこへ牛の炎が吹きかけられ、雷麒はとびのいた。
パイシーザーが、いまいましげに舌打ちする。
「ええい、クスルのキメラ、私が現役の頃より性能を上げた」
パンテオンから下船したヨミナは、十五年以上住み慣れた我が家の焼け崩れる轟音や、接近を拒むように吹き出す劫火の熱気など、いよいよ事態の大事が体感されると、再び全身に震えを得た。
慰めるように、シロが何度も首をすりつける。
そこへ、ススだらけの女が一人、館から飛び出してきた。
おぼつかない足取りで必死に駆けてくる女を追って、巨大なダイヤモンドを背負った、象よりも大きな亀が、館の壁をぶち壊して現れる。
その衝撃か偶然か、女が転倒した。
ヨミナがとっさに彼女に駆け寄る。
亀が、二人へ火を吹いた。
すると、夜空から巨大な羽毛の塊が降ってきて、ヨミナたちを取りこんだ。それには、申し訳程度の翼と短足、スズメのような顔がついていた。
同時に、ゴールド・ドラゴンがまばゆい光球を吐き出し、巨大亀の甲羅を粉砕、絶命させる。
デブスズメは、亀の危険が除かれると、ロゼッタの指示でヨミナたちを解放した。
ススだらけの女は、ヨミナ付きのメイドだった。
「ユーサリオン様が……コローデン様も……」
かろうじて犯人を明かし、気を失う。
動揺するヨミナの肩を、隣へしゃがんだリューガストが抱いた。
「ヨミナはそばにいてやってくれ。カーナズル、治療を頼む。俺とニーヤとロゼッタは、義父上、義母上をお助けする。ほかに味方がいればこれを守り、敵は油断なく駆逐だ。ただし、真相究明のため、殺人は極力禁止。ユーサリオンは捕縛する」
そう言い含めると、三人と二匹で燃え盛る館へ突入した。
カーナズルが船から人とタンカを呼び、ヨミナとともにメイド搬送すると、ややあって、屋敷の脇の林からウルがそろそろと姿を見せた。
手下らしい数人が足並そろえて続く。
ウルは、こんもり太ったショルダーバッグ二つを左右にさげ、山のようなリュックを背負っていた。
それぞれ、持ち出したと覚しきネックレスなどの鎖物がはみ出て垂れている。
「行ったか……。くっそ、何だよ、あのちっこい金ピカ。あれがドラゴン? マジヤベェじゃん。アンリードのやつ、『このダイアモンドータスは、世界一強固な甲羅を持つタイガイと、モンスター界の戦車の異名を有するタンクトプス、そしてフレイムリザードをかけ合わせたキメラだ。王国軍のサイバトロプスなら百頭向こうに回しても圧倒して見せるだろう』とかぬかしてたくせに、瞬殺されてんじゃん、あの亀。
こりゃ、今回はアンリードも厳しいかな? ま、いいや。とっとと帰って報告しよ。アタシ、仕事はちゃんとするタイプだから。で、アンリードがアタシに責任押しつけるようだったら、すぐやめて、この宝石で優雅に暮らすんだ。
よし、じゃ、退散!」
ウルがダッシュで林に戻ると、彼女の独り言に黙ってつき合っていた手下たちもやはり慌ててこれに続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます