第15話 「もっともっと私にいい思いさせてくれなきゃね」

 ギャラリアは、アンリード・クスルのペントハウスにある自室で、寝間着のままソファに体を預けると、大きなため息をついた。


「アンリードのやつ、ダッサ!

『戻ったか。首尾は?』って聞いた時はまだ自信満々だったけど、ウルが、

『何か、アタシのダメ押しで坊っちゃん動いたけど、姉ちゃん留守だったみたいで。おまけに、連れてったゴロツキが、金目の物とか屋敷の姉ちゃん……あ、メイドさんとかね?……に夢中で働かないからちょっと注意したら、逆ギレしてあっちこっち火つけ出して。大火事だよ』

 って報告した途端大あわて。

『大火事? それでどうなった? ヨミナは始末したのか? パラタインヒルの奴らは? リューガストはどうした?』

『あー、どーしたんだろ?』

『……わからないのか?』

『うっわ、ヤッベ、と思って、帰ってきたから』

『帰って……? 何で? 無責任じゃないか!』

『あんたが、あんま表に出るなっつったんでしょーが。ちゅーか、あのめっちゃ強いっていう亀、瞬殺されたかんね? 連中が生きてても、アタシのせいじゃねーから』

 だって。

 そしたらアンリードのやつ、拳握って、全身震わせて、顔も見る見る真っ赤になって。

 予定は狂って、小さな謀略が大事件。ダイヤモンドータスなんて証拠まで見せて、陰謀を告白したようなもの。どうする、アンリード? ここから一気に凋落か?

 ……ほんと、しっかりしてよ。あんたの決断に、あたしの栄耀栄華がかかってんだからね」


 そこへ、メイドがやってきた。

 アンリードが呼んでいると言う。

 しとやかな身ごなしで、屋上へ出る。

 今夜は、月も星も、雲に隠れていた。

 涼しい風が少し強い。

 たなびく紫のロングヘアーを押さえながら、手すりの前で王宮を見下ろす内縁の夫に歩み寄る。


「若い連中の間で人気だというから、あれに手柄をあげさせて皆の意欲を促進しようとしたが、うるさいだけでとんだ無能だった」


 アンリードが背中でなじったのは、ウルのことであろう。


「結局、ああいう口だけの小娘は、俺たち大人おかげでかろうじて給料にありついているんだ」

「皆、あなたに感謝しているでしょうね」

「感謝より成果が欲しいよ」


 アンリードは振り向くと、


「とにかく、そんな能なしイカサマ師のために事態は思わぬほうへ転んだわけだが、手をこまねいている暇はない」

「でしょうね」

「そこで、次のように宣伝する。このたび、パラタインヒル領にて悲劇あり。領主夫妻が死亡。犯人は、嫡子ユーサリオンと息女ヨミナ」

「理由は?」

「一人娘が、ろくでなしとの結婚を反対されたのだ。説得に失敗した両親は、あわれ、逆恨みした娘とそれに加勢した息子の手にかかり劫火に焼かれた」

「まあ、ひどい」

「すべては、国法によって廃棄を義務づけられた害獣ドラゴンの脅威をもって、このアマテランドを我が物にせんとする大罪人リューガスト・ヴィアンの策謀であった」

「……という設定で、彼らをやっつけるの?」

「ドラゴンは排除されるべきなのだ。法がそう規定しているのだから」

「懐かれなかったからでしょ? 幼稚園の時、『俺、ドラゴン飼ってるんだ』って好きな子にカッコつけて、野良ドラゴンに手を出したら無視されて、腹いせに石投げたらアソコかまれて……」

「な、なぜ、それを?」

「あなたのお母様に聞きました」

「呪われてしまえ、口の軽いババアめ! だが、ドラゴンどもの排斥は、そんな私怨によるものではない。キメラと異なり人に懐くとも限らぬケダモノが、モンスターの王に値する力をわがままに振るえば、必ず人に災いしよう」

「はいはい。で、具体的には何を?」

「お前が以前言ったように、軍を動かす。戦だ。議会で俺を司令官にさせる。国家に仇なす謀反人どもを始末するのだ。ギャラリア、支度を急げ」


 アンリードは室内に入った。

 屋上に残されたギャラリアは、呆れたようにため息をつく。


「偉そうに。とはいえ、いよいよ軍隊持ちか。ま、悪くない。もっと偉くなって、もっともっと私にいい思いさせてくれなきゃね」 




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