第13話 逆上のユーサリオン

 パンテオン内の通路を走り、息の上がる中でも、リューガストは愚痴らずにはいられなかった。


「信じられねえ幼なじみだ。新婚カップルのいいムードを、急に飛びこんできて邪魔するなんて」


 軽快に先頭をゆくニーヤは、振り向きもせず口を尖らす。


「バカ言え。オレが気を利かせて呼びに行ってやったから、いまだ失恋の痛手を抱えたヒステリー娘の爆発に遭わずに済んだんだぞ。もっとも、本当の邪魔者が爆発を起こしやがったが、そっちは防ぎようがない」

「本当の邪魔者?」


 三人は船橋に駆けこんだ。

 遠く前方の夜空が火にあぶられている。

 時折、炎の中で新たな爆発が起こった。

 初めは事態を飲みこめないでいたヨミナも、周囲の風景と、炎の中に揺らめくシルエットから、それがパラタインヒル邸の大火事であることに気づいた。

 悲鳴を上げ、両手で口元を覆い、膝から崩れ落ち、身を震わす。

 リューガストはとっさにその肩を抱きながら、


「カーナズル、急いで屋敷へ!」


 と、指示を飛ばした。


「もう向かってるよ。ただ、事故ではなく、犯罪の可能性もある。用心しろよ、リューガスト。裏で糸を引いた者がいるかもしれん。都内の一等地で高笑いを浮かべている男がな」


 炎は、館のいたるところで暴れ回り、耐えかねた伝統建築は、断末魔の叫びとともに崩壊を始めていた。

 通路をゆくユーサリオンの目から、涙があふれる。


「姉上がいらっしゃらない! 温室にも、お部屋にも」


 そこへ、武装したコローデンが駆けつけた。


「申し上げます。ヨミナ付きのメイドを締め上げましたところ、今夜はパイシーザーの部屋で休むと言っていたと」

「ありえない! 父上は、母上とお休みのはず。そこに姉上もなど、母上がお許しになるはずが……まさか、お二人がかばっておられるのか? すべては僕をおとしめる策略だったと?」

「若殿、何を仰せられます」

「僕を罪人として葬り去り、姉上とあの男を未来のパラタインヒル伯爵夫妻に。父上が、そうアンリード・クスルと共謀したのではないか?」

「どうかご冷静に、我が主人よ!」

「お前はこの家の執事。そもそも、現当主をさしおいて僕のために手を汚すはずがない!」

「坊ちゃま」

「見るがいい、ペテン師め! 屋敷が燃えている。歴史であり、宝でもあった屋敷が。このような悲劇を、僕が、父母が、どうして望むものか。満足か、この悪党! おかげでこの身はめでたく破滅だ。パラタインヒル千年の栄光とともに」

「これがすべて、お前たちの仕業だというのか?」


 問いかけられた声の主は、あたりの炎をものともせず、通路を進んできた。


「ち、父上? なぜ、ここに? あなた方は部屋に閉じこめさせておいたはず」

「敵の戦力を見誤ったか。お前たちには初めての実戦。何事も思い通りには行かぬだろう」

「まさか、父上お一人で……?」

「パイシーザー元将軍にはたやすい仕事だったよ。裏切り者の使用人の成敗など」

「……ぐっ」

「彼らは、私が与えた覚えのないキメラを使っていた。ここらで手に入る代物じゃない。先日、クスル卿がお前に使者を寄越したな。今からその内容を教えてくれないか?」

「…………」

「どうした? アンリード・クスルが、お前に何を命じたか話せと言っている」

「……それで、結局僕一人を断罪するのか?」

「何?」

「無駄だ! 僕一人悪者にはならない。裁かれる時は父上も同罪だ! 僕を廃嫡し、姉上夫婦にすべてをゆだねようというあなた方の裏切りに気づかぬ僕ではない」


 パイシーザーは当然戸惑った。

 すると、ユーサリオンは勝ち誇ったようにそれを指さし、


「見ろ、図星をつかれたな!」


 すっかり逆上している。今、その思いこみを否定する言葉は届くまい。

 そう結論づけたか、コローデンも訂正をあきらめる。


「どうやら、若殿のご想像通りのようで。かくなる上は、その清く正しき血をもって、この偽当主から我らのパラタインヒルをお守りください」


 ユーサリオンは剣を構えた。

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