第12話 夜のドライブ

 夜の野原をひた走るパンテオン。

 船体後部、バスケットコート約四面分の格納庫は、青々とした人口林や水場で自然を再現したモンスター・ファームとなっている。

 照明で昼のように明るいファームを、ホワイト・ドラゴンは気ままに飛び回っていた。

 それを、ゴールド・ドラゴンが遠慮がちに追う。

 時に、勢い余ってウロコも触れんばかりに近づくと、容赦なく白き尻尾で打たれるのだが、それで尻ごみしていると、シロがまた流し目で誘う、という調子で、空中、木々の間、部屋の至るところで数時間に渡り、一方的な追いかけっこを繰り広げていた。


「これ、いつまでやるんだ」


 リューガストが、重そうなまぶたでたずねる。


「シロちゃんとゴルちゃんの気が済むまででしょ」


 隣のヨミナのキラキラした瞳は、飽くことなく二匹を追った。


「もっぺん聞くけど、うちのゴルちゃんは、嫌われてるんじゃないんだよな?」

「あんなに楽しそうなシロちゃんは初めてよ」

「……遊ばれてるだけってこともないよな?」

「遊んではいるでしょうね。まだ恋と呼ぶには早い。異性を意識したばかりだもの」

「……オスは大変だな……。その点、俺は幸運だった。鬼ごっこを端折って恋が成就したんだから」

「……恋?」

「……まさか、こうして密かに家を抜け出して夜中のドライブを一緒に楽しんでいる男に、都合がいい以外の感情はないなんて言わないよな?」

「密かに、じゃないわ。今夜のことは、ちゃんとお父さんに話しています」

「義父上公認というわけだ。これで、俺の恋心の暴発を遠慮する必要はなくなった」

「……もし物騒な恋心なら、一足先におやすみを願ってね」

「抑えつけるには栓がいる。何でフタしてくれる? ちょうど、赤くて柔らかいいいものを持ってるようだが?」

「フタになるかわからないけど、今すぐ私がしてあげられるのは、精一杯の感謝だけよ」

「感謝?」

「何度も夢に見てきた。ほかのドラゴンとシロちゃんが仲良く遊んでいるところを、ドラゴンを愛する人と一緒に見守るの。リューガストのおかげで、こんなに早く夢が叶った。だから、感謝。あなたは、ドラゴンの神の御使いかも」

「え?」

「言い伝えに出てくるでしょ? 神の山で、アマテランドの最初の王様にドラゴンの神の啓示を授けた……」

「……あいつの下っ端はごめんだ」

「え?」

「いや。俺は御使いなんて大層なもんじゃない。けど、そういうことなら、俺からも同じだけの感謝をヨミナにやる」

「何の感謝?」


 リューガストはヨミナの柳腰をぐいと抱き寄せ、顔を近づけた。


「こんなに素敵なドラゴンホルダーが俺と出会ってくれた、その感謝さ」


 そのまま、ヨミナの潤んだ唇に吐息で触れる……。


          ※※※


 持ち上げられたあごに、雫が伝った。

 空けたばかりのグラスを見るユーサリオンの表情は暗い。


「まさか、初めての酒が、成人の祝いでなく、犯罪の景気づけになるとはな」

「その二つはすぐに同じ意味を持ちましょう」


 グラスの奥で、古風な鎧姿の使用人頭は味わうように飲み干した。


「配置は?」

「万全に」

「今夜は、母上にも父上とお休みいただいた。例の馬の骨はのんきに陸上船で夜の散歩。姉上はドラゴンと温室で過ごされるだろう。こうも段取りが上手く行くと、僕の大罪も、あるいは姉上への天誅かと思えてくる」

「無論、栄光あるパラタインヒル家当主の座を本来の血統にお戻しすることは、天もお望みでありましょう。成功ののちは、すべてのことが今宵以上に上手く行くのです」

「一番手は、特殊な花粉で人を眠りへ誘うホーホグサだ。母上にお借りしたモンスター。僕から姉上への最後のプレゼントでもある。眠ったままであれば、安らかに旅立てるだろう。僕も少しは救われる」

「参りましょう、パラタインヒル伯爵。悲しみも恐れも不要。神々と歴代のご当主がお守りくださいます」

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